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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています
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 1903.jpg

 みなさま、いかがお過ごしですか。今年はまだ東京では雪になっていませんが、これからなんでしょうか。タイヤは万全。いつでも来い・・なのであります。あのスタッドレスと雪の格闘が楽しくて・・。ああ、雪国のみなさん、すみません。
 ・・と書いたら、途端に雪が降りました。(笑)

 ライブ情報・・もう春の告知です。
 まず、TRIO’・・4月に一回と5月に一回。春はこの二回ポッキリとなります。お見逃しないように。ベースの森泰人がスエーデンよりツアーを組んで来日しますので、おこぼれ公演です。乞う、ご期待!
 それから、メンバーも初顔合わせの大口純一郎のライブ。こちらは市原ひかりとの共演となります。

 では、3-4月のライブ

● TRIO’ (トリオッ) pf,福田重男、bass,森泰人、ds,市原康 
 
  4/27(土) 東京・代官山 レザール
   ご予約は市原までメールでお願いします。レザールに直接ご予約でもかまいません。
   ichihara@i-produce.net 市原 / LEZARD 03-3496-1374
 
  5/25(土) 町田まほろ座 
  ご予約・・
   プレイガイド:Livepocket(〜5/25 0:00)https://t.livepocket.jp/e/190525n
   電話予約 まほろ座 042-732-3139(まほろ座16:00~19:30)
 
 
● 大野雄二関連
 
 3/2(土) 大野雄二トリオ 相模原メイプルホール
 3/7(木) Yuji Ohno & Lupintic Six 福島市音楽堂
 3/17(日) 大野雄二トリオ 鎌倉 ダフネ
 3/21(木) 大野雄二トリオ お茶の水 NARU
 3/23(土) Yuji Ohno & Lupintic Six 福井県南条文化会館
 3/26(火) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 4/6(土) 大野雄二トリオ 調布・柴崎 さくらんぼ
 4/28(日) 大野雄二トリオ お茶の水NARU
 4/30(火) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
  
 
● その他のライブ
 
 3/16(土) 大口純一郎リーダーカルテット with 市原ひかり 東京・Body & Soul
 4/21(日) 直居隆雄トリオ 東京・沼袋 オルガンジャズ倶楽部
 4/29(月) まきみちる/ロックバージョン 東京・六本木 アビーロード
 
 
 以上、みなさまのお越しをお待ち申し上げております。
  ライブの詳細は ドラマー市原康のホームページ 「ライブ」からご覧下さい。

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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・更新しました。(当ブログ内です)
  その15「万引きをやめられない男」2019.1.21
 <検索>「ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ」 より
  バックナンバーは・・
  その14「救われる・・てなに?」2018/10.19
  その13「あんな人がどうしてクリスチャンなの?」2018/9.18
  その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11.21
  その11「聖書の目的」2017/5.11
  その10「聖書を読むと何がわかるのか」2017/4.24
  その9「クリスチャンとはどういう風な仕組みの人間か」2017/1.20
  その8「クリスマス・・それは」2016/12.30
  その7「助けを求める心」2016/11.12
  その6「イエスのことばが全く理解できなかった人々」2016/9.8
  その4「信じることでしか出会えない神」2016/6.28
  その3「罪人だと言われると、どうも・・」2016/5.31
  その2「熊本地震・・神は何をしているのか。」2016/5.2

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2019.02.09.Sat 18:49 | 未分類 | trackback(0) | comment(1)
  
 1901談義3


 キリスト教は、罪を犯してもその都度神に懺悔(ざんげ)すれば、何度でも許されるんだよね・・と言われたことがありました。答えは「そうです」なんですけど、それを言う人の思いの中には「だったら罪もやりたい放題でしょう」という意味での言葉だとわかっていたので、そうですとは言えずに、そのまま話が終わってしまいました。

 しばらく経ってそのことを考えていたら、次の聖書の言葉が頭に浮かんできました。
人はうわべを見るが、主は心を見る。
 ・・旧約聖書 サムエル記 第一 16章7節

 何度でも罪を犯すたびに許されるんだったらやりたい放題じゃない・・という言葉は、その心が罪を慕っていることを言い表しています。神はその「罪を慕っている心」を見られるということです。神の前に心は隠せないのです。
 ではクリスチャンが罪を犯してしまうたびに神にゆるしを乞えば、そのすべての罪はゆるされるというのは一体どういうことなのでしょうか。このことについては以前も何度か書いたように思いますが、クリスチャンという人間の内側に何が起こったのかということがわからないと、おそらく理解不能だと思います。

 そこで、ある「万引きをやめられない」男について考えてみたらどうかと思いました。そう。万引きをやめられない男がクリスチャンになる話です。

 彼は盗みが罪であることは重々承知なのですが「貧乏でもないのに万引きをしてしまう」・・そういう人でした。その彼が福音のメッセージを聞きます。そのメッセージではこんなことが語られていました。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です・・と。そして、罪の奴隷の行く先は死です・・と。そして神は人々を罪の縄目の中から解放するために御子イエス・キリストを人の形で地上に送られました。そしてその御子は十字架で釘付けにされ、死んで三日ののちによみがえり、その後天の神のところに戻ることで、私たちの救いとなってくださった。このイエス・キリストを信じる者は誰でも罪がゆるされ、その束縛から自由になれるのです・・と。
 そこで、盗癖については自分の力ではどうする力もないことを思い知っている彼は、イエス・キリストを救い主として受け入れることにします。受け入れるとは、自分の心で今生きておられるキリストの存在を信じ、自分ではまだよくわからない天の父なる神に向かって「神さま、私はあなたのことを聞きました。まだよくわからないことがたくさんありますけど、あなたが私を罪から解放してくださる方であることを信じます。どうぞ助けてください。」・・そのように自分の心で祈ることです。イエス・キリストは生きておられ、人の祈りを聞き届けてくださる存在なので、その祈りを聞いてくださり、その人の内に入ってくださいます。とは言っても「イエス・キリストは天に上られ神の右の座についておられる」ので、信じる者の内に入ってくださるのは正確に言うと聖霊です。あるいは御霊(みたま)とも言います。イエス様はご自分が天に上られた後、私たちに「助け主」を送るからねと、約束されました。それが聖霊です。神は三位一体(さんみいったい)の神、すなわち父なる神、御子なるイエス、そして助け主である聖霊という三つの位格を持つ存在です。ですから、この三様のあり方がありながらも、父,子,聖霊から発せられる情報には、聖書を通しても、また私たちが直接受けるみことばや啓示を通しても、なんの食い違いもないということです。だから聖霊が私たちに直接神の心そのままを示してくださるし、神の力となってくださることもあるわけです。それは簡単に言えば神との交わりが成立している状態です。

 さて、この男の内に聖霊が宿るようになりました。そこでこの男は日常生活の中で、聖霊の促しや語りかけを受けるようになります。その基本は律法の二つの大きな教えに従っています。そのひとつは、父なる神を心といのちと知性を尽くして愛すること。そしてもう一つは、あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい・・。この聖霊の促しに従っていくという歩みの中で、罰せられるような罪からも、また心の中で犯す罪からもきよめられ解放されていくというわけです。
 しかしそれはエスカレーター式に乗っかっていれば登って行けるわけではありません。むしろ信仰生活に逆らおうとする自分の古い性質が、クリスチャンになっても自分の内に残っていることに信仰者は気がつき始めます。また同時に、人が神に従うという霊的な世界の中で、それを最も嫌う霊的な勢力にも遭遇します。ですからクリスチャンになると、ある種の戦いの中に身を置くことになります。これらの反対勢力の究極の目的は、人をまことの命から切り離して霊的な死に至らしめることなのですが、クリスチャンの内には死の力を打ち破ってよみがえられたキリストがいのちとして、決して見放さず見捨てないという不動の救いとして、与えられています。そしてクリスチャンはそのいのちを選び取れば、実際にそれらの敵対する力からの勝利を実感して歩むことができるわけです。

 神は私たちが自分の意思をもってその勝利の道を選び取っていくということを求められています。これは人の側の選択です。自分の中の声や古い性質、また悪しき霊からの声などがあって、それらが語りかけてきたときに、そちらの声ではなくて神の言葉の方を選び取る。それが「選び取る」の意味です。
 この万引きをしてしまう男は、救い主イエス・キリストに目を向け、キリストを自分の中に迎え入れたとき、その力を確信します。そして自分が「神が喜ばれることを神と共に喜ぶ者」に変えられており、ひとりひとりのいのちを愛おしみ尊ぶ者とされているという、今までに見たことのない光の世界を垣間見ます。そしてこここそが求めて歩むべき宝のあるところだと確信するわけです。そしてそれを喜び、祈り、無力な者でありながらも神に従う力を求めながらこの光の道を歩み始めます。
 神に従うと決めたとき、あの万引きへの誘惑はどこへ行ったのかと思うくらい自分とは関係のないものとなっていることを実感します。ですがちょっとだけ自分の昔ながらの性質に妥協して、その目が神から逸れたときに、あの頃の万引きへの誘惑が待ってましたとばかりやってくるわけです。最初は断固としてそういう思いを拒否していたはずが、いつの間にか聖霊から来る神の思いと自分の思いとが交錯し、気がついたら自分の思いの方を選んでいた。そう。彼はまた万引きをしてしまう・・。そのような可能性は実はあるのです。でもここからが世の中の人が全く誤解している部分で、それは「彼はその時点でクリスチャンとしての資格を失ってしまう」と思っているという点です。
 ここでは話を「万引き」という罪に限定していますが、クリスチャンは様々な罪について信仰生活を重ねるに従い、自分は本当にきよめられるに値しない者だと思うくらいに自らの罪をさらに深く実感するようになります。即ち、自分の罪深さが益々見えてくると言うわけです。そうなったらその人は、クリスチャンとしての資格を失うのでしょうかという話です。

 彼は再び万引きをしてしまった・・。しかしその時に彼は、以前の自分とは違う思いが自分の中にあることを見させられます。以前はただ、自分はダメな男だなと思いつつ、しかも万引きを繰り返していたわけですが、それが今はちょっと違う自分になっている。盗んだことに対して、ものすごく苦い思いが心に満ちている・・。ああ、こんなことはもう二度とやりたくないと思うわけです。それが聖霊の働きです。ただし、その苦い思いに蓋をすることもできてしまうんですね。実はここに信仰生活の明暗の分かれ道があるんです。彼は苦い思いにはっきり向き合い、キリストの前にもう一度立ちます。その時、この男は十字架にかかられたキリストを見上げます。そしてこのイエス・キリストという、今や自分のいのちとなってくださったお方が、自分の罪のために十字架にかかられ、父なる神の前にあがないとなってくださった救いそのものなのだ、ということが心に示されます。(これも聖霊の働きですが)それによって、ああ私の罪も、私の存在もゆるされているのだという、信仰者の原点にもう一度引き戻されるわけです。男は祈ります。「主よ、あなたの救いとゆるしが、今もあることを知りました。どうぞこのような私を哀れんでください。もう二度と盗みをしないように、私を作り変えてください。誘惑が来るときにはどうか私がそちらを見ることがないように守ってください。」と。この男はこのことを通して、自分の弱さというものをさらに体験的に知っていくようになるわけです。実はそれがクリスチャンの歩みの基本的な「型」なのです。
 信仰者は、人が本当に変わるのは自分の力では到底無理なことを、こういった挫折体験によって気付かされます。自分はまだまだ自分で自分を変えようとしていたんだということがわかるわけです。人を本当に変えることができるのは、人を造り、キリストを死からよみがえらせた、天地を作られた全能の神の御力しかないのだと・・。そして主の力に改めてすべてをゆだねるという決意をした時に、彼はそこに弱い者の上にある主の奇跡の御わざを体験し始めるのです。

 聖書の中には、神そしてイエス・キリストのされた奇跡の話、弟子たちを通してなされた奇跡の話が数えきれないほど出てきますが、それは主なる神ご自身がそれをなさる方であるということを、これでもかというほど強調しているわけです。ところが残念ながら多くの人々はそれを聞いてもそこには到達しないようです。信仰者でも、心の奥には中々それを認めようとしない固い壁があります。そのかたくなな心が、「主ご自身こそがそれを成し遂げることのできる唯一の存在である」というところに立ち返らされるという出来事を通して、少しずつですが、固い心の壁も少しずつ砕かれて行くというわけです。そうして初めてクリスチャンは「栄光から栄光へと主と同じ形に変えられていく」という奇跡を体験しながら歩むわけです。それは自分への絶望と神への降参の繰り返しなしにはあり得ない歩みです。
 ですからこの歩みはきよめられていくステップの話であり、懺悔すればゆるされるんだから、罪は犯し放題だよという考えとはおよそ真逆の世界です。

 この男はクリスチャンになってからも盗みをしてしまった。そして苦い思いの中でもう一度悔い改めて、神との交わりの中へ戻ることができた。だからもう二度と盗みをすることはないかというと、それもわからないわけです。誘惑や神への反対勢力の攻撃はさらに増し加わります。しかし彼の上にはいつも、彼を神の光の中に導く聖霊の存在があります。この聖霊を無視することはできますが、本人が求める限りは「決してあなたを見放さず、見捨てない」と言われる主なる神=聖霊がその歩みに伴ってくださるわけです。
 先ほど「ここに信仰生活の明暗の分かれ目があります」と書きましたが、明暗の分かれ目は、罪を犯してしまうか否かではなくて、罪を犯してしまったときに聖霊の促しに向き合うか、そこから目を逸らすか、これが明暗の分かれ目であるということです。この男は「明」を選んだわけです。では「暗」とはどういうことかというと、それは聖霊から目をそらしてその促しの声に蓋をしてしまうということ、即ちいのちなる神から目をそらすということです。結果、自分が何者なのか、神のみもとに帰る者とされたということがどんなことなのか、神がどのように栄光に富んだお方なのか、自分がいただいた宝がどのようなものか・・それがさっぱりわからなくなり、クリスチャンであることさえもわからなくなってしまうわけです。神が光であり、いのちであるのに、恵みによっていただいたその大きな祝福を地面の中に埋めてしてしまう。そして再び罪の奴隷という「以前の自分」に舞い戻る。これが「暗の選択」です。

 クリスチャンというのは、何度でも神の前に悔い改め、そこにすでに備えられているゆるしをその都度受け取り、そのたびに神の愛の深さと忍耐強さを目の当たりにし、神の御名をほめ、神を喜び、賛美し、ますます愛して歩む「砕かれる者」の道なのです。この何度でも「いのちを選択する」という地道な作業が信仰生活に於いては必須なのです。そのことを通して信仰者は十字架の真実味がますますリアルになり、そのためにいのちを捨てられた御子、そして父なる神の愛がどれだけ大きなものかをますます実感する者と変えられていくのです。

 何度でも悔い改める者を、神は限りなくゆるされる。それは神のもとに立ち返るという心の行為こそを、神様は認めてくださるからです。ペテロはイエス様に、(クリスチャンの)兄弟が自分に罪を犯したら何度までゆるしたらいいですか、七度までですか、と問います。それに対しイエス様は、七を七十倍までと言われました。これは490回までという意味ではなく、限りなくという意味です。それは神が自分に対してゆるされる回数のことでもあります。
 神が喜ばれるのは、悔いた心、砕かれた魂です。自分の力で歯を食いしばって頑張ろうとするべきポイントは、自分を変えようとするところではなくて、神に立ち返ろうとする、そちらを選択するというところにあるのです。そのために、時には自分を打ち叩く必要もあるかもしれません。そして神こそがそれを成し遂げることのできる存在であることを信じるというところに留まること。神はその心の決断を見て、その人を良しとされる。これが神に赦しをいただいた者の、神との関係に於ける基本なのです。
 神様とは限りなく忍耐強いお方。そのために人の子として地上に降り立ち、そのいのちをさえ惜しまずに私たちの罪のためにささげてくださった方なのです。


 以下、十二の聖書の言葉です。

 人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
 ・・ヨハネの福音書 15章13節

 神へのいけにえは砕かれた霊。
 打たれ砕かれた心。
 神よあなたはそれを蔑まれません。
 ・・詩篇 51篇17節

 強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」
 ・・申命記 31章6節

 人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。
 ・・エペソ人への手紙 3章19節

 人の子(キリスト)を悪く言う者はだれでも赦されます。しかし、聖霊を冒瀆する者は赦されません。
 ・・ルカの福音書 12章10節

 神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
 ・・ローマ人への手紙 8章28節

 「だれが主の心を知り、主に助言するというのですか。」しかし、私たちはキリストの心を持っています。
 ・・コリント人への手紙 第一 2章16節

 しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
 ・・コリント人への手紙 第二 12章9節

 私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
 ・・コリント人への手紙 第二 3章18節

 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
 ・・ヨハネの手紙 第一 4章10節

 私は、自分に与えられた神の恵みによって、賢い建築家のように土台を据えました。ほかの人がその上に家を建てるのです。しかし、どのように建てるかは、それぞれが注意しなければなりません。
だれも、すでに据えられている土台以外の物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。
だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、藁で家を建てると、
それぞれの働きは明らかになります。「その日」がそれを明るみに出すのです。その日は火とともに現れ、この火が、それぞれの働きがどのようなものかを試すからです。
だれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
だれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、その人自身は火の中をくぐるようにして助かります。
 あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。
 ・・コリント人への手紙 第一 3章10~16節

 ですから、私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。
むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。
 ・・コリント人への手紙 第一 9章26~27節

 以上、聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 より (カッコ内は市原注)
 
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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・バックナンバーのご案内です。

  その14「救われる・・てなに?」2018/10.19
  その13「あんな人がどうしてクリスチャンなの?」2018/9.18
  その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11.21
  その11「聖書の目的」2017/5.11
  その10「聖書を読むと何がわかるのか」2017/4.24
  その9「クリスチャンとはどういう風な仕組みの人間か」2017/1.20
  その8「クリスマス・・それは」2016/12.30
  その7「助けを求める心」2016/11.12
  その6「イエスのことばが全く理解できなかった人々」2016/9.8
  その4「信じることでしか出会えない神」2016/6.28
  その3「罪人だと言われると、どうも・・」2016/5.31
  その2「熊本地震・・神は何をしているのか。」2016/5.2
 
 
   
   
  
2019.01.21.Mon 18:49 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
 2019年、市原は69歳になろうとしています。こうしてドラムを叩かせていただいていることがなんだか不思議な感じがします。これを与えられためぐみと思い、許されるならばこの年も走り抜きたい。また愛する仲間たちや教会の兄弟姉妹たちとの絆をさらに深める年となればほぼ100点ではないかと・・。
みなさま、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
         2019年賀web2使用小
 
 
 
2019.01.02.Wed 00:07 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

1901-2.jpg

 もう来年の告知です。
 みなさま、今年一年、TRIO'およびドラマー市原康を、またYuji Ohno & Lupintic Six 並びに大野雄二トリオ、又そのほか長年培ってきた一つ一つのライブを応援してくださり、誠にありがとうございました。
 新しい年も、みなさまと共有する時間が、共に喜べる時間となるように、精一杯力を尽くして臨みたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 怒濤の12月を終えて、1〜2月は少し息抜きが出来そうです。年が明けても大野雄二関連が大半を占めます。まずはそちらからのご案内。

● 大野雄二関連
 1/14(月・祝) 大野雄二トリオ 鎌倉 ダフネ
 1/17(木) 大野雄二トリオ お茶の水 NARU
 1/24(木) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 2/2(土) 大野雄二トリオ 埼玉県県民活動総合センター・小ホール
 2/5(火) 大野雄二トリオ 調布・柴崎 さくらんぼ
 2/9(土) 大野雄二トリオ 東京・新宿区立角筈区民ホール 
 2/15(金) Yuji Ohno & Lupintic Six 高知県民文化ホール
 2/21(木) 大野雄二トリオ お茶の水 NARU
 2/27(水) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 
● その他のライブ
 1/18(金) 金城寛文クインテット 東京・菊川 な〜じゅ
 1/20(日) 直居隆雄トリオ 東京・沼袋 オルガンジャズ倶楽部

 以上、新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。
  ライブの詳細は http://i-produce.net 「ライブ」からご覧下さい。

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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・バックナンバーのご案内です。
  その14「救われる・・てなに?」2018/10.19
  その13「あんな人がどうしてクリスチャンなの?」2018/9.18
  その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11.21
  その11「聖書の目的」2017/5.11
  その10「聖書を読むと何がわかるのか」2017/4.24
  その9「クリスチャンとはどういう風な仕組みの人間か」2017/1.20
  その8「クリスマス・・それは」2016/12.30
  その7「助けを求める心」2016/11.12
  その6「イエスのことばが全く理解できなかった人々」2016/9.8
  その4「信じることでしか出会えない神」2016/6.28
  その3「罪人だと言われると、どうも・・」2016/5.31
  その2「熊本地震・・神は何をしているのか。」2016/5.2

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2018.12.03.Mon 01:09 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
  
1811-12の2

 前回、このインフォメーションでは「猛烈に暑い夏」ということばを使った記憶があるのですが、どうも最近は穏やかな四季の変化というものを味わうことが出来なくなってきた・・「地球」が悲鳴を上げているようにも感じます。前回と同じことばをもう一度書きますが、自然のバランスが絶妙に保たれていることの恵みを改めて思わされます。
 皆様いかがお過ごしでしょうか。今年度最後のライブ予定のご案内をお送りします。
 11月はまずはTRIO’のツアーと久々の「ウォン・ウィンツァン・ジャズトリオ」。こちらからご案内いたします。とにかくルパン関連のように黙っていても満杯になるというような私たちではございませんで、みなさまの応援を乞い願い奉ります・・というモードに入らざるを得ません。どうぞ覚えて、15年目のTRIO’、そして久々のウォン・ウィンツァン・ジャズトリオをよろしくお願い申し上げます。ご予約はお早めに・・。

 先日のご案内と重複いたしますが、詳細は以下の通りでございます。そのあとに大野雄二関連その他のご案内を載せていますので、どうぞ最後までご覧になってください。

● TRIO’/トリオッ (pf,福田重男、bass,森泰人、drums,市原康) 秋のツアー

 11/17(土) 東京・浜松町/サンミケーレ 開成ライブ ゲスト・市原ひかりtp 
      同窓会ライブとして開成同期の仲間が主に集まりますが、
      一般の方も大歓迎です。
       ご予約は、090-4668-3213/上久保まで
            または ichihara@i-produce.net 市原までご連絡ください。
       ¥8,000 1ドリンク+食事 
       6:30 p.m に開場ですが、開場間もなく開演となります。
       開演 6:50 p.m ・・途中食事タイムを挟んで2セットです。
       終演予定9:00 p.m
       アクセス: 浜松町・サンミケーレ 
       http://www.sanmichele.jp
       最寄り駅 地下鉄 大門 よりB1出口より徒歩2分
       JR 浜松町 北口より徒歩3分
       東京都港区浜松町1-17-10 tel.050-5594-5548
       汐留健診クリニックの5階です。
       入り口はクリニック入り口とは反対側/裏手にお回りください。
       クリニックのエレベーターで5階です。
 
 11/18(日) 東京・南青山/Body & Soul ゲストはありません。TRIO’のみのライブです。
      TRIO’をたっぷりご堪能ください。
      日曜日ですので、通常の開始時間より一時間早い、午後7時となります。
      ご予約はBody & Soulへ直接、電話03-5466-3348でのご予約
          またはBody & Soulのサイトより直接ご予約が可能です。
          http://www.bodyandsoul.co.jp
      最寄り駅 地下鉄(銀座線、半蔵門線、千代田線)表参道駅より、徒歩約15分
       (地下鉄出口はB1をご利用ください) 骨董通りに入って4番目の信号のある
       大通り(まで少し距離があります)を右に折れ、すぐ先、右側です。
      東京都港区南青山6-13-9 階段を降りて入り口です。

 11/22(木) 安城/花むすび TRIO’のみのライブです。安城ジャズクラブ主催
      こちらも、TRIO’をたっぷりご堪能ください。
      チケット ¥3,500 
      開場 6:00 p.m 開演 7:00 p.m
      チケット取り扱い
       日新堂書店(安城市御幸本町)Tel 0566-75-2028
       ろくえん市民会館店(安城市桜町) Tel 0566-75-0777
       花むすび(安城市朝日町)Tel 0566-76-3005
      お問い合せ
        安城ジャズクラブ事務局 細井(三恵不動産内)Tel 0566-76-6656
      前売り・予約の状況よっては、当日券がない場合もあります。ご容赦ください。
      会場「花むすび」より
       駐車場台数に限りがありますので、乗合せ等のご配慮をお願いします。
       お弁当の販売(数量限定)をします。事前に電話いただければ確保いたします。
       花むすび Tel.0566-76-3005
       安城市朝日町 24-15
      主催・安城ジャズクラブ http://anjo-jazz.com

 11/23(金) 浜松/田町サロン ゲストボーカル・鈴木麻美 
      開場 2:00 p.m、開演 3:00 p.m 時間が早くなっております。
      ゴールド会員(丸八不動産グループお得意様) ¥2,000 
      一般 ¥3,000
      お問い合わせ・ご予約 053-424-5311 または
      予約サイト・ポルテシアターよりご予約ください。
       https://theater.porte.cc/reserve_info/
       https://theater.porte.cc/item/5390/
      会場の田町サロンは「ポルテシアター」とは別の場所です。ご注意ください。
       〒430-0944 静岡県浜松市中区田町326−28
       http://08artforme.com/thirdplace/third_place/tamachi/

 11/24(土) 横浜/Jazz Spot DOLPHY TRIO’のみのライブです。
      開場 6:30 p.m、開演 7:30 p.m
      ライブチャージ 前売り¥3,500 当日¥3,800
      ご予約・お店に直接電話またはサイトからご予約ください。
       電話 045-261-4542
       サイト https://www.dolphy-jazzspot.com/index.html
        「ライブ予約」からお入りください。
      横浜市中区宮川町2-17-4第一西村ビル2F
      最寄り駅
       徒横浜市中区宮川町2-17-4第一西村ビル2F歩6分
       京急「日の出町駅」徒歩3分
       みなとみらい線「馬車道駅」下車 出口3「博物館口」徒歩11分
      「みなとみらい駅」より桜木町駅経由徒歩20分

—————————————————————
      
● WIM/ウィム (W=ウォン・ウィンツァンpf、I=市原康ds、M=森泰人bass)
    1999年〜2006年に主な活動をしていたピアニスト ウォン・ウィンツァンの
    ジャズトリオです。久々の再演です。

 11/19(月) 市川/クールジョジョ(cooljojo jazz+art)
    ¥3,500 (+order) 開場 7:00 pm / 開演 (1) 7:30 pm (2) 9:00 pm
    お申込先: クールジョジョ 080-2624-0879  
    アクセス
     市川市八幡2-16-16 クレール本八幡B1F(Gパン サカイ 地下)
     電話 080-2624-0879
     JR/都営新宿線「本八幡駅」A1出口 1分 / 京成「八幡駅」歩5分
     https://www.cooljojo.tokyo

 11/20(火) 東京・原宿/Hall 60 (ホールソワサント)
    ¥4,000(当日精算)(飲食はありません)
    開場 6:00 pm / 開演 6:30 pm / 終演 8 :00 pm
    チケット予約申込
     メール ichihara@i-produce.net または電話: アイプロデュース 090-8560-0016
     ※会場となるhall60では、チケット申込受付は行っておりせん。 
    アクセス
     原宿表参道ビル 地下2F(1階は、赤いテントの MIZUcafé)
     渋谷区神宮前6-34-14  03-5467-7051
     地下鉄千代田線・副都心線「明治神宮前<原宿>駅」歩1分
     http://hall60.com

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 以下、そのほかのご案内ですが、まずは市原のリーダーライブを二つご案内します。すでにご案内いたしました10月の「市原康スペシャルカルテット」そして、石神井公園野外ステージの「森のジャズ祭2018」。
 こちらだけもう一度ご案内セさていただきます。

● 市原康スペシャルカルテット with tp市原ひかり、pf松本峰明、b上村信
 10/26(金) 町田まほろ座 http://www.mahoroza.jp

● 市原康トリオ pf,納谷嘉彦、bass,金森もとい
 11/3(土) 石神井公園野外ステージ 観覧無料 雨天中止 
  4つのグループが出演します。
  市原トリオは14:00-14:45 で、15時にてすべてのプログラムは終了いたします。 
  https://www.facebook.com/morijazz/

 その他は以下の通りです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

● 大野雄二関連
 11/1(木) 大野雄二トリオ 鎌倉ダフネ
 11/10(土) Yuji Ohno & Lupintic Six 長崎・波佐見町総合文化会館
 11/11(日) Yuji Ohno & Lupintic Six 長崎・佐々町文化会館
 11/15(木) 大野雄二トリオ お茶の水NARU
 11/25(日) 大野雄二トリオ 横浜・モーションブルー
 11/29(木) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ 
 12/1(土) Yuji Ohno & Lupintic Six with Fujikochans 越谷・市民ホール
 12/8(土) Yuji Ohno & Lupintic Six 鹿児島・宝山ホール
 12/15(土) Yuji Ohno & Lupintic Six 十日町市・越後妻有文化ホール
 12/18(火) 大野雄二トリオ 調布・柴崎 さくらんぼ
 12/20(木) 大野雄二トリオ お茶の水NARU
 12/23(日) Yuji Ohno & Lupintic Six 香川・三木町文化交流プラザ
 12/24(月・祝) Yuji Ohno & Lupintic Six 岡山・CRAZYMAMA KINGDOM
 12/26(水) Yuji Ohno & Lupintic Six with Fujikochans 大阪・新歌舞伎座
 12/28(金) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 12/30(日) Yuji Ohno & Lupintic Six 名古屋・ブルーノート 
 
● その他のライブ
 12/11(火) 塚山エリコ/バースデーライブ 東京・沼袋 Organ Jazz 倶楽部
 12/21(金) 萩谷組 東京・キーストンクラブ東京

 以上、11月 12月もどうぞよろしくお願いいたします。
  ライブの詳細は http://i-produce.net 「ライブ」からご覧下さい。

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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・更新いたしました。
 その14「救われる・・てなに?」2018/10.19
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-date-20181019.html
 バックナンバーはこちら
 その13「あんな人がどうしてクリスチャンなの?」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-date-20180918.html
 その12「キリストは絵に描いた餅?」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-270.html
 その11「聖書の目的」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-264.html
 その10「聖書を読むと何がわかるのか」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-262.html
 その9「クリスチャンとはどういう風な仕組みの人間か」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-260.html
 その8「クリスマス・・それは」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-258.html
 その7「助けを求める心」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-256.html
 その6「イエスのことばが全く理解できなかった人々」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-253.html
 その4「信じることでしか出会えない神」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-247.html
 その3「罪人だと言われると、どうも・・」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-245.html
 その2「熊本地震・・神は何をしているのか。」
   http://ichiharablog.blog83.fc2.com/blog-entry-242.html
 
 
2018.10.20.Sat 23:43 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
 
1810談義


 皆さんはクリスチャンが「救われた」という言葉を使うのを聞いたことがありますか?
 それは、人の魂は滅びにへ定められているところを、そこから救い出されたという意味です。神は愛です・・とクリスチャンたちは叫んでいるのに、なぜ人は滅びに定められているわけ? 神のどこが愛なの? ・・と、当然そのような疑問がわいてきます。そのことをこんな視点で捉えていただけたら理解が得られるかなと思うのです。例えばこんな父親がいたとします。


⚫︎ 父に背を向ける子
 父親は息子が道を外し、欲のままに生きる破滅的な生活をするようになったのを見て、怒り、その子を叱り、懲らしめて、なんとかまっとうな道に戻らないかとあれこれと手を尽くします。それでも息子は全く耳を貸そうとしない。父親は怒りと悲しみで一杯になります。息子には将来において平安で幸せで明るい家庭生活を送ってほしい。自信に満ちて世と人とに仕えるという悔いのない生き方をする人になってほしい。しかしそんな希望も今の息子を見ていると絶望的に思える。やむなく父は息子に「勘当だ」と言って家から追い出してしまいします。そんな生活を続けるなら、その結末を見て、自らの選んだ道がどういうものだったのかを身をもって知るが良い。それで目が覚めるならいつでも帰ってきなさい。私は喜んでお前を迎えよう。私がおまえの父親なんだから。しかしお前が今の生活を続けるなら、お前はもう私の子ではない・・と。
 この父の姿勢の本質は言うまでもありません。子への愛です。「神は愛です」とは、父に背を向け耳を貸そうとしない自分の子に対しての愛なのです。聖書はすべての人が罪びとなのだと言い切っています。神が本当に人を造られて、その人がご自分のもとに帰るのを愛をもって待っておられるのなら、そのまことの父を拒めば、その人の上にある神の想いは「愛ゆえの怒り」「涙を流す怒り」なのです。何度も何度も声をかけているのに・・。神は愛なのに、神がいのちなのに人の方でそれを拒んでいる・・。それが聖書が示す神と人との基本的な関係の構図です。

 新約聖書にこんなことばがあります。

 "さて、あなたがたは自分の背きと罪の中に死んでいた者であり、かつては、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って歩んでいました。
 私たちもみな、不従順の子らの中にあって、かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。
 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。"
 エペソ人への手紙 2章1~5節

 私たちは生まれながら御怒りを受けるべき子らだと言うのです。魂は滅びへと定められているというのでしょうか。このエペソ人への手紙には、私たちのことを「背きの中に死んでいた」者だと言っています。背きとは神に対する背きです。そしてその状態は「死んでいる」と表現されています。ところが「神のあわれみと愛のゆえに、キリストとともに生かされた」者へと変えられたと、この手紙の筆者パウロは言っています。
 神の前に出る資格のない者が、あわれみと愛のゆえに神の御怒りから救い出されたというのです。その救いのためにキリストの十字架と復活がそこに至るためのたったひとつの狭き門として与えられた、というのがよく聞くところの「福音」のメッセージです。ただ恵みとして与えられた父の家へのこのパスポートによって、人は「救われる」のだと。その文脈から言えば救いとは神の御怒りからの救いであるわけです。キリストの十字架、あれは私たちが受けるべき御怒りを、キリストが受けてくださったその姿に他なりません。だからキリストが救いなんです。「神の子なる神」であるはずのキリストが十字架の上で叫んだことばが、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」です。それは私たちの身代わりに御怒りを受けられたことを示す叫びです。神の御子が私たちの身代わりになったのです。・・あり得ない話です。でも神が、神の側からこのようにして、人をご自身のみもとに帰るための道を備えてくださったのです。神は愛ですとはこのことです。キリストご自身が身代わりの犠牲であり、キリストご自身が復活のいのちなのです。このキリストを信じて自分の内に迎えるという心の行為、そのこのとで神は、私たちがその「救い」を受け取ることができるようにしてくださった。これが神から人に提示された唯一の「救い」であって、ほかにそのようなものはありません。

 でも実はこのことが世間の人にとっては一番受け入れがたいことなんです。いわゆる「それじゃあ虫が良すぎるでしょう」というやつです。その感覚の中には、神に対して何も差し出してもいないのに、そんな全面的な赦しを受け取れるなんてけしからん、不公平だ。それじゃあ悪いことした者勝ちじゃないか・・となる。これに対して「あなたは何か神の前に差し出すことのできるような、聖いもののかけらでもあると思ってるんですか?」と問いかけてくるのが聖書です。


⚫︎ 普段は決して考えることのないこと

 イエス様の話の中に、こんな話があります。

 "すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。「先生、この女は姦淫の現場で捕らえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするよう私たちに命じています。あなたは何と言われますか。」
 彼らはイエスを告発する理由を得ようと、イエスを試みてこう言ったのであった。だが、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
 しかし、彼らが問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい。」そしてイエスは、再び身をかがめて、地面に何かを書き続けられた。
 彼らはそれを聞くと、年長者たちから始まり、一人、また一人と去って行き、真ん中にいた女とともに、イエスだけが残された。イエスは身を起こして、彼女に言われた。「女の人よ、彼らはどこにいますか。だれもあなたにさばきを下さなかったのですか。」
 彼女は言った。「はい、主よ。だれも。」イエスは言われた。「わたしもあなたにさばきを下さない。行きなさい。これからは、決して罪を犯してはなりません。」"
 ヨハネの福音書 8章3~11節

 姦淫の現場で捕まえられた者を石打ちにして殺すことは、当時律法では「正当なこと」でした。ところがイエスの「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい。」との言葉で、律法学者やパリサイ人たちはハッとするわけです。この人たちは神のことに関しては教える立場にある人たちでした。世間的には、自分たちは神との関係に関しては健全であることが大前提であること・・彼等はその大前提の上にあぐらをかいていて、実はそれに相応しい内実などどこにもないことが、イエス様のことばによって瞬時に示されたわけです。それで彼らは、石を投げてこの女を死刑に定める資格など、自分にはどこにもないことに気がつくのです。最初に気がついたのは年長者でした。それだけ自分の罪の性質を示されたことの多い人たちなのだと思います。
 自らの罪に目を向けることをしようとせずに人を断罪する。これは聖書に言うところの「罪びと」の基本的な立ち位置のひとつです。罪びとを目の前にしたときに、その人の思いの中に浮かぶ光景はもっぱらその人の罪であって、自分の罪からは見事に目をそらす。これが罪人の罪人たるゆえんです。そしてこれが「生まれながらみ怒りを受けるべき子」の姿です。
 幸いこの女に石を投げる人は結局ひとりもいなかった。彼等は神の選びの民であり、神の偉大なみわざを通してエジプトから導き出された特別な民族であるにもかかわらず、神の前に自分は正しいと認めることが出来る人は、そこにはひとりもいなかったんです。それは今の私たちが、そのまま受け取るべき話でもあるわけです。私たちは他人の罪はよく見えて、それを断罪するのは大得意です。それは自分が神の座に座ろうとする罪人の基本的な性質です。イエス様はそういう私たちを罪人だとし、さらにこれを赦されるために来られた・・。それはイエス様の女に対する姿勢そのままです。イエス様は女に「あなたに罪はない」とは言われませんでした。彼女が罪人であることを認め、その上で「わたしもあなたに裁きを下さない」と言われたのです。
 彼らはその場からいなくなりました。それは神に受け入れられることでした。自らの罪に気がつくこと・・それが神の御怒りから救われるための第一歩なのです。あの出来事は人と神の関係において、とても重要な瞬間を表しています。クリスチャンとは、自らの罪を認めイエス・キリストを救い主として信じる信仰によって救われる、という道を選んだ人たちです。何から救われた? 神の御怒りからであり、その結果である魂の滅びから救われ、まことのいのちである神のみもとに帰ることが許された者たちです。イエス・キリストは私たちに赦しを与えるために、人の子として来られ、その体を罪人の私たちの代わりに釘付けにされることによって、これが神の赦しの姿なのだと、十字架の上で示されたのです。


● そもそもの話

 ここで大前提の話をします。もし神が私たちを造られたというのが文字通りの現実でなければ、聖書の言う神はかなり信用できないものになります。自分を神だと言い、自分がおまえを造ったのだと言い、宇宙とこの世を造ったと言い、この世の終わりについても明言し、そのあとに来る神の国のこともはっきり言っている。これが単なる想像の産物だったら聖書ほど人騒がせな書物はありません。だってあり得ないことばっかり書いてあるんですから。モーセが紅海を渡るのに海が割れた? モーセが神から直接十戒を受けた? 天からの食物であるマナが荒野で「40年間」降った? キリストが天地創造の前から父なる神と一緒におられた? キリストが処女から生まれた? キリストが十字架にかかって死んでよみがえった? 世の終わりが来る? その時には大艱難がある? 最後にはキリストはもう一度来られて生きている者と死んだ者すべてを裁かれる? サタンがいる?・・神を信じないで聖書を読もうとしたら、聖書の90%は無視しなければ、読めるものではありません。聖書は神の存在を認めたときに初めて、そこに隠れている「真理」を見させてくれるのです。神を認めずに聖書の研究をしたって、そこから得られるものなど何もありません。
 あの分厚い聖書が始めから終わりまで一貫して、これでもかというほど言い続けていること。それは「わたしが神である」という神からの主張です。「わたし」とは、聖書を通してご自身を現されている全知全能の神のことですが、宇宙を含めその中にあるすべてのものがこの神による被造物だと、神ご自身が宣言しています。だから当然のこと、人も神の手によって造られた存在です。
 神にとってアダムはご自分が創造された最初の人、それは神の家の長子のような存在です。ところがその長子がこのお父さんをお父さんと認めない。即ち、自分を造られた神を神として認めなくなってしまった事件・・それがあの創世記のアダムが禁断の木の実を食べてしまった話です。聖書全体の主題「罪人の歴史とその上にある神の愛」の話はここから始まっているわけです。アダムが犯した罪はいのちそのものである神に対する反逆。滅びの選択でした。神はちゃんとアダムに告げていたのです。「その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と。園の中央にはもう一本の大切な木がありました。それが「いのちの木」です。ですから、エデンの園からアダムが追放されたという話は、まことのいのちから切り離されたということを表しているわけです。あなたは死ぬ・・ということは、そうでなかったら死ななかったのにという意味です。そうです。死はなかったのです。この時からアダムは汗水流して働き、最後には土に返る者となったと聖書は記しています。ここから魂の深いところでの充足から切り離され、死を恐れながら行く先もわからずに歩む「罪びと」の歴史が始まります。その罪人の歴史は悲惨なものでした。簡単に暴虐で満ちる世界へと突き進むんです。自分を守るために・・。しかしこれで神の計画が頓挫したのではなくて、実はここから始まるんです。それは神を無視し自分中心に生きる人類の世界「この世」への、神の愛と哀れみをもっての介入です。


● 未来のことも書いてある聖書

 聖書にはこの世の初めから終わりまでのことが書かれています。ですから当然、私たちにとって過去のことも書いてあれば、これから起こることも書いてあるわけです。イエス・キリスト降誕の700年前、イザヤという預言者は、キリストの十字架の様子を克明に記しています。当時その世界に生きていた人にとって、キリスト降誕ははるか未来のことだったわけです。そしてその700年後、イエス・キリストが来られた時代でも、ユダヤ人たちはこの預言書のことには精通していました。ところがあろうことか、彼らは自分たちの手であのイザヤ書の預言通りに、イエス様を十字架にかけて殺してしまうのです。預言書を警告とは受け止めずに、キリストを殺す方の役を果たしてしまったのです。
 今の私たちにとって、キリスト降誕は過去のことですが、もうひとつ書かれているのがキリストの再臨です。それに関する聖書の記事の代表的なものは、キリスト降誕よりも550年も前の、ダニエルとかエゼキエルその他の預言者が記しています。と同時にイエス様ご自身も、世の終わりのことについて、何度も語っておられます。そして弟子たちの手紙の中にも書かれており、その総まとめのようなものが黙示録です。そこにはこの世の終わりの時に、キリストが再び来られるということが書いてあるのです。
 具体的に語られていたことが今目の前で起こったとしても、それが大昔から言われていたことの成就だということを、信じるのは難しいことかもしれません。しかし預言の通りのことが、将来的に起こるということを聖書は言っているのです。ならばそれは私たちに語られている警告です。キリストは再臨される。すなわち再びやって来られる。復活したキリストが、弟子の見ている前で天に上られた、その同じ有様で再び来られるというのです。そして神に背を向け続ける者と、キリストとともに神のみもとに帰る者とを振り分け、神に立ち帰らない者を永遠の火の中の苦しみに入れ、キリストと共に父なる神のみもとに帰る者には、永遠のいのちとその住まいが用意される。具体的にはもっと細かく書かれていますが、大雑把に言えば聖書にはそういうことが書いてあるのです。

 「さばき」・・そのことを否定することは、神の存在を信じていないということです。神が存在しないなら、さばきなどはあるはずもないですから。「救われる」という言葉も、神がおられて初めて意味を持つわけです。
 「御怒り」ということばは旧約聖書の中には55回出てきます。それはイスラエルの民が、神の御怒りとゆるしの繰り返しの中を、歩んで来たことを物語っています。そしてイエス・キリスト以降の新約聖書には14回出てきます。そのほとんどすべて、厳密には13回が「終わりの時の御怒り」についてのことばです。聖書は1400年間で執筆された66巻の書物の集合体であるにもかかわらず、世の初めから終わりまで、そのタイムテーブルにブレはないのです。それによれば「神の御怒りの時」、その時に生きている者と今までに死んだすべての者も、神のみ前によみがえり、さばきを受ける・・それは今の世には終わりがあって、その時の話だというのです。ここからわかることは、この御怒りでさばかれた人は、まだいないということです。さばきについては、すべてこれからのことだと聖書は言っているのです。そして、救われて神の国の民とされるという約束も、実際に訪れるのはこの終わりの時だと、聖書は言っています。神の計画のクライマックスはまだやって来ていないのです。


● 忘れてはならないのが・・

 神のみもとに帰った、救われたという言葉には以上のような意味があるわけです。罪びとの状態のまま神のもとに行こうとしたところで、神の聖さと罪びとの高慢な性質はまったく相容れません。本当の光と喜びと納得は、神の聖さの中にあるのです。愛なる神のもとに帰ったという時に、忘れてはならないのが、本当は帰る資格のない者に、その救いの扉が開かれたということです。信じるだけで救われるというのなら、それは「ただ=無償」です。しかし、その信じることの中身は、神の御子がわざわざ天から下り、肉体をもって「人の子」となり、その人の子が私たちの罪の身代わりとして十字架にかかるという、「いのちの代償」なのです。そこには激しい痛みと苦しみの果ての死と、そして愛があるのです。神の愛の形とは痛みであり、言いようのないうめきと苦しみに重なるものなのです。私たちが救われるために、ちゃんと代償が支払われたのです。神の御子キリストが、そのために「人の子」の形で地上に来られ、それを釘付けにしたその事実と、死の後によみがえられたその存在とが、私たちの「救い」の実体として与えられているのです。あなたが無償でいいのは、神が代価を支払ってくださったからなのです。どうして?・・。それはあなたに代価を支払う資格も能力もないからです。なぜそんなことしてくれるの?・・。それは、あなたは父なる神の実の子なのだから。
 神がなさったことを信じる者には、主ご自身が聖霊という形をもって、入ってきてくださいます。それによって、人は神の子として、父なる神と話を交わす者となり、すべての罪が赦され、永遠の神の御国の子とされるということを、確信し喜ぶ者となるのです。それは、死というポイントを超えた希望です。救われた者にとって死は、その意味が完全に変わります。死は恐れや絶望ではなく、単なる通過点であり、「終わり」ではなく「永遠のいのち入り口」へと、その意味が完全に変換する希望のポイントとなるのです。私たちの罪のために十字架にかかり、よみがえられたイエス・キリストを信じる者には、今から後にある「終わりの時の神のみ怒りによるさばき」から救われ、永遠の天の御国の民となるという、本番が待っているのです。

 "これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。"
 新約聖書ヘブル人への手紙 11章13節


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 【バックナンバー】
  その2「熊本地震・・神は何をしているのか。」2016/5.2
  その3「罪人だと言われると、どうも・・」2016/5.31
  その4「信じることでしか出会えない神」2016/6.28
  その6「イエスのことばが全く理解できなかった人々」2016/9.8
  その7「助けを求める心」2016/11.12
  その8「クリスマス・・それは」2016/12.30
  その9「クリスチャンとはどういう風な仕組みの人間か」2017/1.20
  その10「聖書を読むと何がわかるのか」2017/4.24
  その11「聖書の目的」2017/5.11
  その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11.21
2018.10.19.Fri 11:28 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
 いつもTRIO’、ドラマー市原を応援いただき、心より御礼申し上げます。
 さて今年二回目になりますが、11月のツアーとしてご案内している「TRIO’ 秋のツアー」そして、久々のライブとなります「WIM/ウォン・ウィンツァン・ジャズトリオ」のライブの詳細をお知らせします。
 最下段でチラシをご覧になれます。

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● TRIO'/トリオッ (pf,福田重男、bass,森泰人、drums,市原康) 秋のツアー

 11/17(土) 東京・浜松町/サンミケーレ 開成ライブ ゲスト・市原ひかりtp 
      同窓会ライブとして開成同期の仲間が主に集まりますが、
      一般の方も大歓迎です。
       ご予約は、090-4668-3213/上久保
            または ichihara@i-produce.net 市原までご連絡ください。
       ¥8,000 1ドリンク+食事 
       6:30 p.m に開場ですが、開場間もなく開演となります。
       開演 6:50 p.m ・・途中食事タイムを挟んで2セットです。
       終演予定9:00 p.m
       アクセス: 浜松町・サンミケーレ → ご案内サイト
       最寄り駅 地下鉄 大門 よりB1出口より徒歩2分
       JR 浜松町 北口より徒歩3分
       東京都港区浜松町1-17-10 tel.050-5594-5548
       汐留健診クリニックの5階です。
       入り口はクリニック入り口とは反対側/裏手にお回りください。
       クリニックのエレベーターで5階です。
 
 11/18(日) 東京・南青山/Body & Soul ゲストはありません。TRIO’のみのライブです。
      ミュージックチャージ ¥4,000
      日曜日ですので、通常の開始時間より一時間早い、午後7時となります。
      ご予約はBody & Soulへ直接、電話03-5466-3348でのご予約
          またはBody & Soulのサイトより直接ご予約が可能です。
          http://www.bodyandsoul.co.jp
      最寄り駅 地下鉄(銀座線、半蔵門線、千代田線)表参道駅より、徒歩約15分
       (地下鉄出口はB1をご利用ください) 骨董通りに入って4番目の信号のある
       大通り(まで少し距離があります)を右に折れ、すぐ先、右側です。
      東京都港区南青山6-13-9 階段を降りて入り口です。

 11/22(木) 安城/花むすび TRIO’のみのライブです。 安城ジャズクラブ主催
      チケット ¥3,500 
      開場 6:00 p.m 開演 7:00 p.m
      チケット取り扱い
       日新堂書店(安城市御幸本町)Tel 0566-75-2028
       ろくえん市民会館店(安城市桜町) Tel 0566-75-0777
       花むすび(安城市朝日町)Tel 0566-76-3005
      お問い合せ
        安城ジャズクラブ事務局 細井(三恵不動産内)Tel 0566-76-6656
      前売り・予約の状況よっては、当日券がない場合もあります。ご容赦ください。
      会場「花むすび」より
       駐車場台数に限りがありますので、乗合せ等のご配慮をお願いします。
       お弁当の販売(数量限定)をします。事前に電話いただければ確保いたします。
       花むすび Tel.0566-76-3005
       安城市朝日町 24-15
      主催・安城ジャズクラブ http://anjo-jazz.com

 11/23(金) 浜松/田町サロン ゲストボーカル・鈴木麻美 
      開場 2:00 p.m、開演 3:00 p.m 時間が早くなっております。
      ゴールド会員(丸八不動産グループお得意様) ¥2,000 
      一般 ¥3,000
      お問い合わせ・ご予約 053-424-5311 または
      予約サイト・ポルテシアターよりご予約ください。
       https://theater.porte.cc/reserve_info/
       https://theater.porte.cc/item/5390/
      会場の田町サロンは「ポルテシアター」とは別の場所になります。ご注意ください。
       〒430-0944 静岡県浜松市中区田町326−28
       http://08artforme.com/thirdplace/third_place/tamachi/

 11/24(土) 横浜/Jazz Spot DOLPHY TRIO’のみのライブです。
      開場 6:30 p.m、開演 7:30 p.m
      ライブチャージ 前売り¥3,500 当日¥3,800
      ご予約・お店に直接電話またはサイトからご予約ください。
       電話 045-261-4542
       サイト https://www.dolphy-jazzspot.com/index.html
        「ライブ予約」からお入りください。
      横浜市中区宮川町2-17-4第一西村ビル2F
      最寄り駅
       徒横浜市中区宮川町2-17-4第一西村ビル2F歩6分
       京急「日の出町駅」徒歩3分
       みなとみらい線「馬車道駅」下車 出口3「博物館口」徒歩11分
      「みなとみらい駅」より桜木町駅経由徒歩20分

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● WIM /ウィム (W=ウォン・ウィンツァンpf、I=市原康ds、M=森泰人bass)
    ウォン・ウィンツァン ジャズトリオ 久々の再演です。

 11/19(月) 市川/クールジョジョ(cooljojo jazz+art)
    ¥3,500 (+order) 開場 7:00 pm / 開演 (1) 7:30 pm (2) 9:00 pm
    お申込先: クールジョジョ 080-2624-0879  
    アクセス
     市川市八幡2-16-16 クレール本八幡B1F(Gパン サカイ 地下)
     電話 080-2624-0879
     JR/都営新宿線「本八幡駅」A1出口 1分 / 京成「八幡駅」歩5分
     https://www.cooljojo.tokyo

 11/20(火) 東京・原宿/Hall 60 (ホールソワサント)
    ¥4,000(当日精算)(飲食はありません)
    開場 6:00 pm / 開演 6:30 pm / 終演 8 :00 pm
    チケット予約申込
     メール ichihara@i-produce.net または電話: アイプロデュース 090-8560-0016
     ※会場となるhall60では、チケット申込受付は行っておりせん。 
    アクセス
     原宿表参道ビル 地下2F(1階は、赤いテントの MIZUcafé)
     渋谷区神宮前6-34-14  03-5467-7051
     地下鉄千代田線・副都心線「明治神宮前<原宿>駅」歩1分
     http://hall60.com

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 多彩なツアーとなりそうです。
 みなさまのお越しを心よりお待ちしております。
 
 TRIO1811表hp用out
 
 TRIO1811裏hp用
 
 TRIOB51811表5開成web用

 181122安城チラシ小
 
 
 
2018.09.24.Mon 21:30 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
11月17-24 TRIO' 秋のツアーです。その間、久々の再演・・WIM「pf,ウォン・ウィンツァン、b,森泰人、ds市原康」も二箇所で行います。それから、初日には市原ひかりを交えての開成ライブ。浜松では歌姫/鈴木麻美さんをお迎えします。
★ 11/20のお問い合わせ先が変更になっています。ご注意ください。


TRIO1811表hp用out


TRIO1811裏hp用
 
 
 
2018.09.12.Wed 00:49 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
   1809-10.jpg


 猛烈に暑い夏、天候が過酷になってきている感があります。暑さが脅威になるんだと、自然のバランスが絶妙に保たれていることの恵みを改めて思わされます。
 皆様いかがお過ごしでしょうか。4月に角川映画シネマ・コンサート本番直前に患った虚血性腸炎のことを今も覚えていてくださり、久しぶりにお会いする方からはみなさんから身体の方はいかがですかと、ご心配いただいています。幸い腸の方は全く回復してなんともありませんが、何しろ回復力が落ちていることを感じさせられているこの頃です。少しずつ、様子を見ながら、でも結構なスケジュール・・なんとか乗り切らせていただきたいと思っています。
 さて、告知が遅くなりましたことをお詫びいたします。9.10月のライブスケジュールのご案内です。10月には久しぶりのひかりとの共演があります。項目別にまとめますと・・
 ★ ジャズオーケストラ金城組は9/14です。9/30は大野雄二トリオです。お詫びして訂正いたします ★

● 市原康スペシャルカルテット with tp市原ひかり、pf松本峰明、b上村信
 10/26 町田まほろ座

● 大野雄二関連
 9/8(土) Yuji Ohno & Lupintic Six with Fujikochans 花巻市宮沢賢治童話村 
     ゲストボーカル・杏子
 9/15(土) Yuji Ohno & Lupintic Six with Fujikochans 白山市松任文化会館
 9/16(日) Yuji Ohno & Lupintic Six ビルボードライブ大阪
 9/22(土) Yuji Ohno & Lupintic Six with Fujikochans 塩尻市文化会館レザンホール
 9/25(火) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 9/30(日) 大野雄二トリオ お茶の水NARU
 10/6(土) 大野雄二トリオ 鎌倉ダフネ 
 10/13(土) 大野雄二トリオ 調布・柴崎 さくらんぼ
 10/15-16(月-火) Yuji Ohno & Lupintic Six 六本木 ビルボードライブ東京 2days
 10/18(木) 大野雄二トリオ お茶の水NARU
 10/29(月) 大野雄二トリオ 新宿 ジャズスポットJ
 11/1(木) 大野雄二トリオ 鎌倉ダフネ
 
● その他のライブ
 9/1(土) 突撃おたま倶楽部主催 「Adult Toy Box 1」発売2周年記念ライブ Soul Elegant X-project 豊橋コティー
      ・・記載が漏れていました。お詫びいたします。
 9/14(金) ジャズオーケストラ金城組 赤坂Bフラット ゲストボーカル/まきみちる
 9/20(木) 塚山エリコ オルガンカルテット 東京・沼袋 Organ Jazz 倶楽部
 9/28(金) JCAA ジャジーナイトvol.7 タイムファイブ/まきみちる 六本木クラップス
 9/29(土) JCAA ジャジーナイトvol.7 タイムファイブ/まきみちる 六本木クラップス
 9/30(日) 直居隆雄トリオとなっていましたが、大野雄二トリオの誤りです。
 10/9(火) 出口誠「Ave Maria」発売記念ライブ 銀座Swing
 10/12(金) 金城寛文クインテット 東京・菊川 な〜じゅ

 以上、9月 10月もどうぞよろしくお願いいたします。
  ライブの詳細は http://i-produce.net 「ライブ」からご覧下さい。

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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・今回も更新はしていません。
  その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11 当ブログ内です。
   
2018.08.21.Tue 20:06 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
  1807-8.jpg


 昔は梅雨というと、ずっとジメジメして、早く梅雨が明けるのが待ち遠しいという記憶があるのですが、今は何かが変わっちゃったのでしょうか。それとも自分が気にしなくなっちゃったのでしょうか。まさかこれって。。。(汗)
 市原、みなさまにご心配をおかけしましたが、体調もほぼ普段通りに戻ってきました。しかしながら体力が回復するのに、というか・・腸が回復するのにこんなに時間がかかるのかと、驚きです。年齢のせいか、それとも腸という器官自体がそれほどにナイーブなのかわかりませんが、腸がこれほどまでに体調を言い表してくれるものだということを初めて知りました。どちらにしろ、大事にしなければね。。。
 5月のTRIO’のツアー、無事全行程終了いたしました。みなさまの応援、ありがとうございました。TRIO’・・かなり変わってきたようにも思います。それぞれの場所でいろいろな思い出をいただきました。これが膨らませていけるといいんですけどね。。
 さて、7-8月のスケジュールは以下の通りです。今からカレンダー、、チェック!

● 大野雄二関連
 7/7〜8(土・日) 大野雄二トリオ 名古屋ラブリー2days
 7/13(金) 大野雄二トリオ 東京・お茶の水 NARU
 7/15(日) 大野雄二トリオ 鎌倉 ダフネ
 7/20(金) 伊勢丹×ルパン三世/ルパンの夏祭り Yuji Ohno & Lupintic Six 東京・新宿 伊勢丹屋上
 7/27(金) 大野雄二トリオ 東京・新宿 ジャズスポットJ
 8/17(金) 大野雄二トリオ 東京・お茶の水 NARU 
 8/25(土) 大野雄二トリオ 調布・柴崎 さくらんぼ
 8/31(金) 大野雄二トリオ 東京・新宿 ジャズスポットJ
     
● ライブ
 7/16(月) Michiru Maki Live 東京・六本木 アビーロード (SOLD OUT)
 8/23(木) 直居隆雄トリオ 東京・沼袋 Organ Jazz 倶楽部

● その他
 7/24(火) 歌声ペトラ お茶の水クリスチャンセンター B1 アイリーンホール
      今回が暫定的に最終回となります。
 8/18(土) JAZZ & Gospel コンサート 東京・国分寺 ジーザスコミュニティー
      入場無料

 以上、7月 8月もどうぞよろしくお願いいたします。
  ライブの詳細は http://i-produce.net 「ライブ」からご覧下さい。

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 「ドラマー市原康のキリスト教談義」・・今回も更新はしていません。
 当ブログ その12「キリストは絵に描いた餅?」2017/11
 
 
2018.06.11.Mon 21:55 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
http://i-produce.net
http://twitter.com/ichiharayasushi
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