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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています

" 大祭司は、「そのとおりなのか」と尋ねた。
 するとステパノは言った。「兄弟ならびに父である皆さん、聞いてください。〜
 使徒の働き 7章1~2節

 ステパノは捕らえられ、偽りの証人の言葉を聞いて、返って聖霊に満たされて語り始めました。

 この弁明は7章全体に及び、とても長いものです。
 なぜそんなに長くなったのかというと、その話が、神が今までイスラエルを導いてこられたはじめからの経緯の話だったからです。
 神が、どれだけ忍耐をもって私たちイスラエルの民を導いてこられたか・・。
 ところがイスラエルの先祖は常に神に逆らい、神から離れ、神が使わした者を殺してきたのです・・と。

 これを聞いていた祭司長をはじめとする「イエス否定派」は、はらわたが煮えくりかえり、彼をそのまま引きずり出して石で撃ち殺してしまうのです。

 ステパノの話には本当は続きがあって、神に背く罪を赦すために父である神は御子イエスを送ってくださったのだという話になるはずでした。
 しかし彼らはその話を最後まで聴くことが出来ませんでした。自分が罪びとの仲間だという話には絶えられなかったのです。

 祭司たちの中にはイエスを信じる者も大勢いました。(6章7節)
 方やイエスの証人であるステパノを殺してしまう人たちがいたわけです。

 福音は人を二分するんですね。

 神は、罪びとであることを知った時に自分を弁護するのではなく、神のもとに涙を流して帰ってくる者を探しておられるのです。

 その赦しを受け取るか否かは、あなたに委ねられている・・。

 実にそれが、神がなさろうとしている「御国の民」の選び方なんですね。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.06.25.Fri 11:35 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そして偽りの証人たちを立てて言わせた。「この人は、この聖なる所と律法に逆らうことばを語るのをやめません。『あのナザレ人イエスは、この聖なる所を壊し、モーセが私たちに伝えた慣習を変える』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」
 最高法院で席に着いていた人々が、みなステパノに目を注ぐと、彼の顔は御使いの顔のように見えた。"
 使徒の働き 6章13~15節

 ステパノは捕らえられ、「偽りの証人」が彼を訴えました。

 この訴え・・どこかで聞いた感じがするなと思ったらそれは、イエス様が捕らえられた時・・。
 これもやはり「イエスに不利な偽証」でした。それは次のようなものです。

「『わたしは人の手で造られたこの神殿を壊し、人の手で造られたのではない別の神殿を三日で建てる』とこの人が言うのを、私たちは聞きました。」" (マルコ14:58)

 でもそれは、まんざら嘘とも言えない、イエス様が言われたことを悪く印象付けるように巧みに言ったという感じの「偽証」でした。
 イエス様ご自身が言われたことはこうです。
「この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれをよみがえらせる。」(ヨハネ2:19)

 この神殿を壊してみなさい・・。それはあなたが今拠って立っている形だけの信仰を壊してしまいなさいという意味です。
 そうするならば「わたしは、それを三日でよみがえらせる」・・。それはイエスをキリストと信じて心に受け入れるなら、父なる神との関係は本当に回復され、「霊とまことをもって礼拝する」新しい人がそこに生まれるのだという意味です。

 ですからステパノは、その偽証の言葉を聞いてイエス様を思い起こし、聖霊に満たされて、弁明を始めたんですね。
 その時の彼の顔は「御使いの顔のよう」でした。

 人が主に目を向け、御霊に満たされるなら、その人の顔は輝くのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.06.24.Thu 08:33 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" さて、ステパノは恵みと力に満ち、人々の間で大いなる不思議としるしを行っていた。
 ところが、リベルテンと呼ばれる会堂に属する人々、クレネ人、アレクサンドリア人、またキリキアやアジアから来た人々が立ち上がって、ステパノと議論した。
 しかし、彼が語るときの知恵と御霊に対抗することはできなかった。"
 使徒の働き 6章8~10節

 ステパノは教会の運営を指揮する、あの七人の「評判の良い人」の一人です。
 彼は「恵みと力に満ちて」いて、彼が語った時には「知恵と聖霊」が伴ったと書かれています。

 聖霊とは、父・子・聖霊という三位(さんみ)一体の神の一つの存在、すなわち神です。
 その聖霊と一つになっているならば、その語ることはもっぱら主なる神という土台の上に立って話すということになりますから、神の御子キリストについてのことも当然、きっぱりと話すことになります
 そしてそれはイエス様が語られていたように、モーセの律法に縛られながら、結局神から心が離れているユダヤ人たちの状態を厳しく指摘するものだったわけです。
 
 この世においてイエス・キリストの旗印を立てるということは、この世との「融和」ではなくて、その存在を明確に浮き上がらせるという結果になるのです。
 この世は「まことの神を認めようとしない」暗黒の勢力の支配下にあると聖書は言っています。(エペソ2:2)
 ですからそれは、クリスチャンがどうしても直面させられることなんですね。

 この世におけるクリスチャンの使命・・それはこの世と混ざることではなく、「世の光」となることなのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.06.23.Wed 11:07 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。"
 使徒の働き 6章7節

 このようにしてエルサレムでは弟子の数が非常に増えていった・・。
 それに対して大祭司たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうとしました。
 ですから祭司ならば当然「反イエス」派です。
 ところがその立場にありながら、大勢の祭司たちがペテロの説教を聞いて、心からうなずいて「信仰に入った」というのです。

 それは、聖書(旧約聖書)に300箇所以上にもわたって綿綿と記されているキリスト=油注がれた方=来たるべきお方=メシヤ=救世主・・それがこのイエスという方に他ならないのだという話にうなずいたということです。
 しかしそれは、自分たちがそのキリストを十字架にかけたということを認めに等しいことでした。
 それはすなわち、自分が拠って立っている土台が完全にひっくり返り、消滅してしまうということに他なりません。
 祭司が信仰に入ったということは、自分の職の放棄を意味しているわけです。

 その祭司たちがその後どうなったのかについては、書かれていませんが、教会という新しい「キリストのからだ」の一員になったということだけは確かなことです。

 彼らは、今までしがみついていたすべてのものに勝る宝を掘り当てたことに気がついたんですね。そして「すべてのものを捨てて」キリストのもとに来たのです。

 "天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っている物すべてを売り払い、その畑を買います。"
(マタイ13:44 イエス・キリストのことば)

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.06.22.Tue 10:21 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして、私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します。」"
 使徒の働き 6章3~4節

 教会にはますます多くの人が加えられていきました。
 その中には極端に貧しく、社会的には疎まれていたような人たちも大勢いました。しかし教会の人々は持っている物をもって、その人たちを助け、日ごとの必要を配給していたと記されています。(1節)

 初めはそのすべての仕事について、十二使徒たちが監督していたのですが、それではとても間に合わず、配給から漏れてしまう人たちがいたりして、彼らの働きには限界が来ていました。

 そこで自分たちは「祈りとみことばの奉仕」に専念し、教会という組織の運営に必要な働きのために七人を選ぶことになったわけです。
 その仕事は、多くの実務をする人々をとりまとめるという仕事でした。
 そのために必要なのが「御霊と知恵に満ちている」ことだと、使徒たちは判断したわけです。そして人々の評判が良いこともその条件でした。

 御霊に満たされているというのは、神とともにあることの喜びを享受している様子のことです。そしてキリストの内に知恵がある(コロサイ2:3) というのですから、そこには当然知恵も伴うわけです。
 そしてそれが人々の目にも明らかである・・それが「評判が良い」ということで、それで教会は一致するわけです。

 教会という新しい集まりの中での共通語は「聖霊」なんですね。
 もし、それ以外のものが取りまとめ役になった時には、キリストのからだとしての教会は変調を来たす・・それは歴史が証明しています。
 ですから、教会では指導者はもちろんのこと、すべての人が聖霊との関わりを深めることを心から求めること・・それが必要であり、それこそが教会が一つとなって成長することのカギであるわけです。

 すべての教会の内に、聖霊による一致がありますように!


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.06.21.Mon 10:55 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

 57.jpg


 〜 その時、目が開かれる 〜

 賛美歌「御霊は天(あめ)より」から、その2

 アップしました。

 https://www.youtube.com/watch?v=tu96FYUPqZg
 
 
2021.06.19.Sat 09:21 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 使徒たちは、御名のために辱(はずかし)められるに値する者とされたことを喜びながら、法院から出て行った。
 そして毎日、宮や家々でイエスがキリストであると教え、宣べ伝えることをやめなかった。"
 使徒の働き 5章41~42節

 ペテロたちは鞭を打たれ、イエスの名によって語ってはならないと命じられた上で釈放されました。

 御名のために辱められる・・それは、イエス・キリストという名を語ったという理由で辱められるという意味です。

 イエス様は言われました。
「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。」(マタイ10:22)

 すべての人はクリスチャンを憎むというのです。

 イエス・キリストは、人の心の奥を照らし出す「光」です。
 ですから人は光のもとへは行きたがらないのです。
 なぜなら自分の心の奥がその光によって照らし出され、自分の本当の姿を見させられてしまう・・、それを人々は直感的に「知っている」からなんですね。

 でも神は「そのあなた」を愛しておられ、全面的な赦しをもって迎えてくださるお方なのだということを伝える・・、これがイエスの名を宣べ伝えるということです。
 ところがそこには常に「辱められる」という結果が伴うというのです。

 ですから辱められたということは、人々が自分たちの内にイエス・キリストを認めたということになるわけです。

 彼らはそれを喜んで帰ってきたんですね。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.06.18.Fri 11:21 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

“「 〜 そこで今、私はあなたがたに申し上げたい。この者たちから手を引き、放っておきなさい。もしその計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。しかし、もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすると、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」
 議員たちは彼の意見に従い、使徒たちを呼び入れて、むちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと命じたうえで、釈放した。"
 使徒の働き 5章38~40節

 最高法院の中に、神との関係を保ちつつペテロたちが起こしている出来事を冷静に受け止めようとする人が、一人いました。
 今日の箇所はその人ガマリエルというパリサイ人が言ったことです。

 それは、これらの出来事が神から出たことなら、必ず実現するけれども、もしその計画や行動が人の勝手な思いから出たものなら、自滅するはずだという主張でした。
 それがたとえ神の名によって始められたものでも、それがどこから出たものなのかがいずれわかるのだから、すべて神におまかせして、あなたがたは手を離しなさい、というわけです。

 議員たちは「彼の意見に従い」と書いてありますが、もしそうなら彼らはペテロたちをそのまま解放するべきでした。もしかしたら「神に敵対する者」になってしまうかもしれないのですから・・。
 ところが彼らはペテロたちをむち打ち、そしてイエスの名によって語ってはならないと命じ、それから解放したというのです。
 結局彼らは「殺そうと考える」のをやめただけで、ペテロが主張していることは依然として「認められないこと」だったのです。

 表向きでは神を認めていながら、結局彼らは神に敵対し続けていたのです。

 私たち自身の内にはそのようなこと・・ないと思いますか。
 だったら、少し静まって自分の内側を見つめる時間が必要かもしれません。

 いつも心を主の光で照らしていただきつつ歩んで行くこと・・
 それは神との歩みの中での必修科目なんですね。。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.06.17.Thu 09:31 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 神は、イスラエルを悔い改めさせ、罪の赦しを与えるために、このイエスを導き手、また救い主として、ご自分の右に上げられました。
 私たちはこれらのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊も証人です。」"
 使徒の働き 5章31~32節

 ユダヤ人たちはその時から400年前に、神を裏切り続けた結果散らされていた外国から再び戻り、神殿を再建し、この神からはもう決して離れないという決意をしました。
 そしてイエス様が来られた時代まで、それは続いていたのです。

 ペテロはそんな彼らに、悔い改めて罪の赦しを受けなさいと言ったのです。
 
 それは、イエス様も再三指摘されていたとおり、彼らの心が本当に主に向けられておらず、形だけの「信仰」になってしまい、結局は人々の上に立ち、弱い者を顧みない「宗教指導者」となり、民衆も生活の細々とした律法の規定を守ることだけに終始しているような生活の中で、まことの生ける神を熱心に求めることを忘れていたのです。

 彼らは、自分は正しいと思い、新たに入ってくる神のことばに耳を傾けようとはしなかったんですね。

 私たちは簡単に神との関係から迷い出てしまうような者です。
 そんな私たちのために、神はいつも新しく語りかけてくださいます。
 今語られる神のことばを受け取る・・、それにはよほど静まった心をもってしなければ、結局反発して投げ捨ててしまうのが私たちです。

 ユダヤの指導者たちはそれをしてしまったんですね。

 みことばの前にへりくだる・・、それは祝福への入り口。

 主があなたにしようとされていること・・それは祝福なんです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.06.16.Wed 09:13 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 彼らが使徒たちを連れて来て最高法院の中に立たせると、大祭司は使徒たちを尋問した。
「あの名によって教えてはならないと厳しく命じておいたではないか。それなのに、何ということだ。おまえたちはエルサレム中に自分たちの教えを広めてしまった。そして、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしている。」"
 使徒の働き 5章27~28節

 キリストの十字架と復活・・それはすでに聖書の預言の中に記されていました。
 ところが聖書について精通しているはずのユダヤの指導者たちは、イエスがそのキリストであることを決して認めようとはしませんでした。
 
 なぜでしょうか。

 それは自分が罪に定められるからです。
 彼らは言いました。「あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしている」と。

 大祭司たちは、本当はどうすればよかったのでしょうか。
 それは自分の罪を認めることです。
 私が神の御子キリストを十字架にかけたのだと。
 そうしたらイエス・キリストはなんと言われるかというと、わたしはあなたの罪をこの十字架の上で負って、あなたの罪の赦しを父に願いました。
 父はその願いを聞き入れてくださったのです・・と。

 罪を認めることは、さばきの確定ではなくて、赦しを受け取るその入り口に立つことなのです。
 しかし大祭司たちはそこから逃げることだけを考えていたのです。

 私たちはもう、自分を守る必要はないのです。
 神の赦しと愛が宣言されているのです。

 私たちが神のもとに帰る道が開かれたのです。
 イエス・キリストによって・・。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.06.15.Tue 08:05 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
http://i-produce.net
http://twitter.com/ichiharayasushi
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