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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています

" それからイエスは、弟子たちをベタニアの近くまで連れて行き、手を上げて祝福された。
そして、祝福しながら彼らから離れて行き、天に上げられた。"
 ルカの福音書 24章50~51節

 キリストは、地上に人の子の形をとって来られ、その目的を果たされた後、初めからおられた「神の右の座」に帰られました。

 イエス様ご自身、ご自分がそのキリストであることを、祭司長カヤパの尋問を受けた時にはっきりおっしゃっています。

" だが今から後、人の子は力ある神の右の座に着きます。」" (ルカ22:69)

 さらにイエス様はご自身についてはっきりと証言されています。

" 彼らはみな言った。「では、おまえは神の子なのか。」イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」" (ルカ22:70)

 イエス様は「神の子である神」であることを自ら証言され、そして弟子たちの見ている前で天にのぼられたのです。
 イエス様はここまで丁寧に、ご自身がどういう方であるかということを最後まで弟子たちに見せて示されたんですね。

 さらにそれは、イエス・キリストを信じる私たちも、同じようにして神のみもとに帰るということを、これ以上ないというほどにはっきりした形で、それを示し、その約束が本当であることを見せて下さったのです。

 イエス・キリストは再び来られ、そのときには、私たちをイエス様と同じようにしてよみがえらせ、天に引き上げてご自身のもとに迎えてくださる・・これが聖書に書かれている約束なのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.04.19.Mon 08:59 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

 #48


 ミュージシャンにもわかる聖書の話 GraceCafeたいむ #48

 【真の楽しさ 】 〜 世とは真逆の世界がここにある 〜

 賛美歌「主とともに歩む」その1 アップしました・・

 主催:Grace Home Church
 お話/市原康、うた/市原よしみ

 みなさまのお越しをお待ちしています。

 https://www.youtube.com/watch?v=6W6xs3nHrhk
 
 
2021.04.17.Sat 08:53 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 見よ。わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」"
 ルカの福音書 24章49節

 この「高きところから着せられる力」について、ヨハネがかなり詳しく福音書で書いています。

" そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。” (14章16節)
・・ここでは「高きところから着せられる力」のことを「助け主」と言っています。そして父は、その助け主がいつまでもともにおられるようにしてくださるというのです。

" しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。" (14章26節)
 ・・この助け主とは聖霊のことであり、その聖霊があなたの心の目を開いてすべてのことを教え、以前にイエス様が話しても全然ピンとこなかったことの意味もはっきり分かるようになる、というのです。さらに・・

”わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち、父から出る真理の御霊が来るとき、その方がわたしについて証ししてくださいます。" (15章26節)
 ・・聖霊はイエス様が父のところから遣わすのであり、そこで分かることの核心は、イエス・キリストがどういうお方なのかということだというのです。

 彼らが都にとどまって祈りはじめ、その助け主が天から突然激しい力を伴って来られたのが、その十日後でした。
 この時から弟子たちは、イエス・キリストについて大胆に語り始めるんですね。

 イエス様は言われています。「聖霊を求めなさい」と。(ルカ11:13)
 だったら私たちも熱心に求めようではありませんか。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.04.16.Fri 10:21 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" それからイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、こう言われた。
「次のように書いてあります。『キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、
その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。』
 エルサレムから開始して、あなたがたは、これらのことの証人となります。"
 ルカの福音書 24章45~48節

 イエス様はよみがえられた後に、改めて弟子たちに教えのことばを述べられました。
 そしてこのことを話されたのは、彼らに「聖書を悟らせるため」だというのです。
 彼らは聖書が本当はどんなものなのか、まだ「悟っていなかった」んですね。

 聖書にはキリストのことが書かれていて、そこに書かれていることはすべて実現しなければならないということ。さらに、今聖書を手にするあなたがそこに書かれていることの担い手となるのだ・・ということをイエス様は話されたわけです。(44-48節)

 実は彼らは、聖書に対して心を開いていなかった・・。
 その彼らの心を「イエス様が開いて」と、ここには書いてあるわけです。

 聖書がまだ、あまりに大きな存在で、自分でそれを受け取れるような気がしないという方は多くおられるのではないでしょうか。
 聖書に心を開くこと・・ひょっとしたら、それがあなたにとって必要なことなのかもしれません。
 しかし心を開くというのは、イエス様がしてくださることなのだと、ここには書いてあるわけです。
 だったらそれをしてくださる方に願いましょう。

「主よ。わたしが聖書に心を開き、大きく口を開けて、あなたのみことばを受け取れるようにして下さい」と。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.04.15.Thu 05:32 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そしてイエスは言われた。「わたしがまだあなたがたと一緒にいたころ、あなたがたに話したことばはこうです。わたしについて、モーセの律法と預言者たちの書と詩篇に書いてあることは、すべて成就しなければなりません。」"
 ルカの福音書 24章44節

 鍵のかかった部屋にいたところにイエス様が現れて、ただただ驚いている弟子たちに話を始められます。
 モーセと律法と預言者たちの書と詩篇に書いてあることは、すべて成就しなければなりませんと、わたしはあなた方に常々話していたでしょう・・と。 

 モーセの律法と預言者たちの書と詩篇とは旧約聖書のことです。
 その聖書にはやがて来られるキリストについてのことが書かれていて、今がまさにその第一幕が開けて、それが目の前に起こっているのだというわけです。

 この後、世界中にイエス・キリストが宣べ伝えられていく時代が来ます。
 イエス様はこの後天に上られ、神の右の座に着かれますが、もう一度来られるということが聖書には書かれています。

 イエス様はそれもこれもすべてが「成就しなければなりません」と言われたのです。

 それは、これらのことがすべて神の計画の中にあり、すのすべては神の権威のもとで確実に進められていくのだという意味です。

 なぜか、いつの世にも戦争はなくならず、悲惨なことは起こり続けています。しかしその中で神は、人が神に立ち返る機会を与えられている・・。

 これが創造主なるお方がなされることで、私たちが口を挟む領域のことではないんですね。

 すべては創造主の権威の中で進められる・・。
 そう考えた時「すべて成就しなければなりません」というイエス様のことばはいきなり権威を帯びた響きとなって私たちに迫ってくるのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.04.14.Wed 09:03 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

"これらのことを話していると、イエスご自身が彼らの真ん中に立ち、「平安があなたがたにあるように」と言われた。
 彼らはおびえて震え上がり、幽霊を見ているのだと思った。
 そこで、イエスは言われた。「なぜ取り乱しているのですか。どうして心に疑いを抱くのですか。わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。幽霊なら肉や骨はありません。見て分かるように、わたしにはあります。」"
 ルカの福音書 24章36~39節

 ヨハネによれば、皆が集まっているこの部屋の扉にはいつも鍵がかけられていました。そこにイエス様が突然「真ん中に立たれた」んですね。
 幽霊だと思っても仕方がないかもしれません。でもイエス様は「どうして心に疑いを抱くのですか」と言われ、ご自分のからだを弟子たちに見せ、さわらせ、さらに魚を食べられたというのです。(43節)

 イエス様のからだには、確かに骨や肉がありました。ですが同時に、鍵のかかった部屋に突然入ってこられたり、パウロによれば、500人の弟子たちに同時に現れるというようなお方でした。(第一コリント15:6)

 イエス様は「眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」(第一コリント15:20)

・・そのことの意味は、私たちが与えられる復活のからだをイエス様が先頭を切って「初穂」として見せて下さったということです。
 そしてそのイエス様は、弟子たちが見ている前で天に上げられました。(51節)
 さらにそのイエス様は再び私たちを迎えに来られ、その時には私たちを空中に引き上げられるというのです。(第一テサロニケ4:17)

 ですからイエス様は、死からの復活と同時に「天に上っていつまでも主とともにいる」というところまでも含め、その「初穂」となられ、私たちに見せてくださったということなんですね。

 なんだかわくわくしてきます。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.04.13.Tue 10:09 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。
 すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」"
 ルカの福音書 24章30~32節

 暗い顔をしてエマオへ向かう二人の弟子たちにイエス様が現れるのですが、彼らはそれがイエス様だとは気がつかないでいます。しかし彼らは「その人」の話をもっと聞きたかったので、無理に一緒に泊まるように勧めます。

 そして彼らが食卓に着くと・・。これが今日の箇所です。

 イエス様がパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された・・。それはまさにあの最後の晩餐でのシーンそのままです。

 イエス様が裂かれたパン・・。最後の晩餐の時にイエス様は「とって食べなさい。これはわたしのからだです」と言われ、十一人の弟子たちに渡され、弟子たちはそれを食べました。
 そして、ぶどう酒の杯も渡され、「多くの人のために、罪の赦しのために流される、わたしの契約の血です」と言われ、弟子たちはそれを飲みました。
 教会で執り行われる聖餐式は、イエス様が「わたしを覚えて、これを行いなさい」と言われたそのおことばに従って、二千年を経た今も行っていることなんですね。

 イエス様がパンを取って神をほめたたえ、それを裂かれて、弟子たちに渡した・・その時に彼らの「目が開かれ」イエス様だと分かったのですが、その途端にイエス様の姿は見えなくなりました。
 そして彼らは思い起こします。イエス様が聖書の話をしておられた時、「私たちの心は内で燃えていた」と。
 
 私たちもこの聖餐式でパンをいただくたびに、私たちの心を燃やしてくださるイエス・キリストの存在を、目には見えなくとも確信し、ともに歩む力をいただくんですね。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.04.12.Mon 10:19 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
 #47

 【キリストの復活がどうして望みにつながるのか? 】

 ・・それは、私たちの死が復活につながるしるしだから。

 賛美歌「よみがえられた主に仕えて」その2 アップしました・・

 https://www.youtube.com/watch?v=MtYH57MHQCw
 
 
2021.04.09.Fri 21:43 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そこでイエスは彼らに言われた。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。
 キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」
 それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。"
 ルカの福音書 24章25~27節

 二人の弟子は、近づいて来たその人が、よみがえられたイエス様だとは気付かず、自分たちの心境をその人に話します。そこでイエス様は彼らに・・
「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るんじゃなかったの?」と言われたわけです。

 弟子たちはその話をすでに、イエス様ご自身からしっかりと聞かされていたはずなんです。
 そこでイエス様は改めて「モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。」というのです。

 優しいお方ですよね。

 キリストについて・・それは旧約聖書全体を通して300箇所以上にわたって相当はっきりと語られているんですね。

 キリストが世に来られることと、そして再び来られること、その目的・・、聖書にはそのすべてが書かれているのです。

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.04.09.Fri 09:44 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 私たちは、この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけていました。実際、そればかりではありません。
 そのことがあってから三日目になりますが、仲間の女たちの何人かが、私たちを驚かせました。
 彼女たちは朝早く墓に行きましたが、イエス様のからだが見当たらず、戻って来ました。
 そして、自分たちは御使いたちの幻を見た、彼らはイエス様が生きておられると告げた、と言うのです。
 それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、まさしく彼女たちの言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」"
 ルカの福音書 24章21~24節

 彼らのこのことばを聞いていると、明らかに彼らは落胆していると同時に、理解のできない出来事が起こっていて、それをどう解釈したら良いのか分からないといった様子です。
 彼らは近付いて話しかけられるイエス様に対し、「暗い顔をして立ち止まった」とあります。

 完全に落胆してしまっていたのです。
 そこに不思議な話が飛び込んできても、それは彼らにとって明るいニュースとはなりませんでした。このとき、彼らの目はまだ開かれていません。

 その彼らにイエス様は話を始められたのです。

 そしてイエス様がパンを裂かれるのを見た時にやっと彼らの目は開かれ、目の前におられるのがイエス様だと分かったというのです。

 目が開かれていない彼らにイエス様が近づいてこられて話しかけられたように、なんのことだかさっぱりわからない人に、聖書のことばは語りかけているんですね。

 是非その言葉に耳を傾け続けてください。

 突然、そこにおられるのがイエス様だと「見える時」が、あなたのために用意されているのです。

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.04.08.Thu 09:15 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
http://i-produce.net
http://twitter.com/ichiharayasushi
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