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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています

" これを聞いた人々はみな驚いて言った。「この人はエルサレムで、この名を呼ぶ人たちを滅ぼした者ではないか。ここへやって来たのも、彼らを縛って、祭司長たちのところへ引いて行くためではなかったか。」
 しかし、サウロはますます力を増し、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。"
 使徒の働き 9章21~22節

 旧約聖書は「一人の偉大なお方」の出現に対する期待と預言で貫かれています。 
 その記事は実に300箇所以上に及ぶと言われています。
 これがギリシア語で「キリスト」。ヘブル語で「メシヤ」。すなわち救世主です。

 サウロが主張したのは、あのイエスこそがそのお方「キリスト」なのだということでした。

「イエス・キリスト」とは、そういう意味なのです。

 イエス様ご自身も、捕らえられて大祭司の前に立たされたとき、ご自分の口ではっきり宣言しておられるのです。

 "そこで大祭司はイエスに言った。「私は生ける神によっておまえに命じる。おまえは神の子キリストなのか、答えよ。」
 イエスは彼に言われた。「あなたが言ったとおりです。しかし、わたしはあなたがたに言います。あなたがたは今から後に、人の子が力ある方の右の座に着き、そして天の雲とともに来るのを見ることになります。」" マタイの福音書 26章63~64節

 イエスこそが神の子なる神。
 人の子として地上に来られ、十字架にかかられて私たちの罪のあがないを完了させ、そして死なれてのちに「死」の力を打ち破ってよみがえり、弟子たちの目の前で天にのぼられ、永遠のいのちを証明され、すべての人のための救い主となられたキリストなのです。

 そしてこの方は再び来られ、「キリストにある者たち」を、死んだ者も生きている者も、天に引き上げられるのです。
 

 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
  
2021.08.19.Thu 09:06 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちとともにいて、ただちに諸会堂で、「この方こそ神の子です」とイエスのことを宣べ伝え始めた。"
 使徒の働き 9章19~20節

 サウロは目から鱗のような物が落ち、見えるようになり、さっそくバプテスマ=洗礼を受けます。
 そして数日間ダマスコにいるイエスの弟子たちとともに過ごしました。
 サウロは弟子たちの話のすべてを、渇いた喉を潤すように吸収していったに違いありません。
 そしてわずか数日の後・・、サウロは諸会堂で「この方」すなわちイエスこそ神の子キリストであると、大胆に宣べ伝え始めたのです。

 サウロは熱心に神を求めていた人でした。ところが今ひとつ奥が見えていなかったんですね。
 ところが、イエス・キリストという存在を受け入れた途端にすべてが見えてきたのです。

 イエス様はご自身のことを次のように言われています。
" わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。" ヨハネの福音書 14章6節

「真理」とは神についてのことです。そして人は神のもとに帰る「道」が必要なのです。そしてそこにこそ「いのち」があるのです。

 道、真理、いのち・・イエス・キリストの内にすべての必要があるんですね。

 サウロはそのことに目が開かれ、何も怖れずに、そして自分が今まで言っていたことが全く無に帰することも恥じずに、この方を大胆に宣べ伝え始めたのです。

 サウロはまことの宝が地に隠れていたことを知ったんです。
 そしてその宝はすべての人を潤すものだということを・・。

 だったら、すべての人にそれを知らせるんです。

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.08.18.Wed 08:31 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そこでアナニアは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウロ。あなたが来る途中であなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
 するとただちに、サウロの目から鱗のような物が落ちて、目が見えるようになった。そこで、彼は立ち上がってバプテスマを受け、食事をして元気になった。"
 使徒の働き 9章17~19節

 サウロは三日間目が見えず、飲まず食わずでした。
 その間サウロは、クリスチャンたちを迫害してきたことを走馬灯のように思い起こし、さらにこのイエスという存在と聖書に書かれていることとがぴったりとつながってくることに気付き始めたに違いありません。
 サウロは聖書の知識については他の誰にも負けないくらいの人だったのです。

 サウロはアナニアが来ることを、主のことばから知っていました。そしてアナニアが自分の頭に手を置くことを受け入れました。そうしたら「目から鱗のような物が落ちて、見えるようになった」というのです。
 この時サウロは、主が自分を赦されたということを体で知ったんですね。

 サウロは直ちにバプテスマ=洗礼を受けます。

 人はイエス・キリストを救い主として信じ、キリストによる罪の赦しを信じ、洗礼によってその信仰を神と人の前にはっきりと表明したその時から、主のために自分をささげるという新しい歩みが始まるのです。

 彼は食事をして元気になりました。

 新しい出発・・それは力と確信に満たされたものなんですね。

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.08.17.Tue 11:36 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" しかし、主はアナニアに言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。
 彼がわたしの名のためにどんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示します。」"
 使徒の働き 9章15~16節

 アナニアは、サウロという人に会いに行きなさいという主の御声を聞きます。
 しかしアナニアはサウロがどんなに恐ろしい人かを知っていたので非常に恐れました。

 そうしたら主が、彼は「わたしの選びの器」で、わたしの名のために多くの苦しみを受けるのだ・・と言われたのです。

 苦しみを受ける・・それはサウロに対しての「罰」なのでしょうか。

 多くのクリスチャンたちは、自分の生涯を主にささげてきました。そしてそういう人々が二千年の期間を通して、途切れることなく起こされてきました。
 しかしそれは多くの場合、「苦しみの道」でした。

 主に身をささげた多くのクリスチャンたちは信仰を守って命を落としてきました。そして現代に至ってその数はさらに増え続けているというのです。

 そうだったら、こんなに割りの悪い話はありません。
 ではなぜ、多くのクリスチャンたちはこの割りの悪い道を選択して、主に仕えてきたのでしょうか。

 それは彼らの持っていた時計が、死では止まらず「永遠」という物差しに置き換えられてしまったからなんですね。

 彼らがそれを確信した根拠・・それがイエス・キリストの「復活」なんです。

 「死」は永遠の希望によって「終わり」ではなくなったのです。

 
 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)  

 
2021.08.16.Mon 10:17 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

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  ミュージシャンにもわかる聖書の話

  賛美歌「父の神の真実」から、その2

  アップしました・・。

  皆様のお越しをお待ちしております。

   https://www.youtube.com/watch?v=Y4bziu1gWwA

  
2021.08.14.Sat 11:36 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" すると、主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』と呼ばれる通りに行き、ユダの家にいるサウロという名のタルソ人を訪ねなさい。彼はそこで祈っています。
 彼は幻 (まぼろし) の中で、アナニアという名の人が入って来て、自分の上に手を置き、再び見えるようにしてくれるのを見たのです。」"
 使徒の働き 9章11~12節

 ダマスコに住むアナニアはイエス様の弟子でした。そのアナニアの上に主のことばが臨みます。
 それはサウロという男についてのことでした。
 主はアナニアにサウロのいる場所とその状況を詳しく伝えます。しかもそのサウロは、あなたが来て自分に手を置くと再び見えるようになるという幻を見ているから、そこに行ってそのようにしなさいと告げたのです。

 主が介入するとはこういうことなんですね。

 主はサウロとアナニアという、全くつながりのなかった二人に臨まれ、このことが起きているのは主がなされたことであるということを明確に示されたのです。

 クリスチャンというのは、この主とともに歩む者です。
 ですから一人のクリスチャンに起こる一つ一つの出来事は、すべて主の御手の中で起こっている出来事なんですね。

 クリスチャンにとって偶然はないのです。

 ですから私たちクリスチャンは、出会いとかそこに起きるすべてのことを主との関係の中で受け止めるのです。
 そのとき、それがどんなにひどいことであっても、そこに主がなさろうとしていることが見えてくるんですね。

 あなたの上に、主の御手がある・・。
 
 ことばに尽くせない栄光の中に、あなた (クリスチャン) は置かれているのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.08.13.Fri 08:02 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

"さて、ダマスコにアナニアという名の弟子がいた。主が幻の中で「アナニアよ」と言われたので、彼は「主よ、ここにおります」と答えた。
 使徒の働き 9章10節

 サウロが天からの光に照らされて地に倒れ、イエス様の御声を聞き、目が見えなくなり、仲間に手を引かれてダマスコに向かっているそのときのことです。

 「弟子」・・それはイエス・キリストの弟子です。

 イエス・キリストの弟子は、主であるイエス・キリストの御顔をいつも仰ぎ、主が何を望まれるか、主が自分に何を語られるか・・そのことが一番の関心事です。
 アナニアは幻の中で「アナニアよ」と言われる主の声を聞きました。
 ですから当然アナニアは、即座に「主よ、ここにおります」と答えたのです。

 クリスチャンは、イエス・キリストのしもべ、イエス・キリストに仕える者へと変えられた者なんですね。

 今までは、自分の計画のために全力を尽くし、そこで「勝ち組」になったり「負け組」になったりして、それで自分の人生の意義が変わる・・そんなビジョンの中に生きていました。
 しかし、イエス・キリストを信じ、神の霊を受け、イエス様が十字架で流された血によってすべての罪が赦されたという、その恵みの中で神の御心に仕える者とされた・・これがクリスチャンです。

 神の御心とは・・
 心と力を尽くして主なる神を愛せよ・・。
 そして自分自身を愛するように、隣人を愛せよ・・。

 主は、ふさわしくない私たちを、ご自分のいのちを差し出して買い取ってくださったのです。
 ですから私たちは主のものとして、その愛に従って行動する・・それが主のしもべの務めなのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.08.12.Thu 10:54 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 彼は三日間、目が見えず、食べることも飲むこともしなかった。"
 使徒の働き 9章8~9節

 光に打たれて地に倒れ、イエス様からの直接の声を聞き立ち上がったとき、サウロは目を開いていても何も見えないことに気がつきます。
 そして三日間、食べることも飲むこともしなかった・・。

 その間、サウロの頭の中にはあのイエス様の衝撃的なことばが響き続けていたはずです。
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」・・

 サウロは今まで確信していたすべての情報を、一旦白紙にする必要がありました。

 まことの神に出会う・・それはすべてのリセットなのです。
 すべての人は、その正反対の世界に生きているのですから・・。

 サウロのこの三日間・・、それは自らのすべてを「イエスがキリストである」という視点で見直す時として与えられたわけです。

 イエスこそがあの聖書に書かれている来るべきお方キリストだったのか・・?

 ちっぽけな自分が見えてきたはずです。
 しかしそれは、自分ではつかみ取ることのできない、大きな祝福の始まりだったんですね。

 それは圧倒的な力をもって天から下ってきました。

 まことの神は、人が造り出したものではないのです。
 神が天地を、そして人を造られたのです。

 ですから、神に関することは、神の側からやってくるのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.08.11.Wed 09:15 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 同行していた人たちは、声は聞こえてもだれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
 サウロは地面から立ち上がった。しかし、目を開けていたものの、何も見えなかった。それで人々は彼の手を引いて、ダマスコに連れて行った。"
 使徒の働き 9章7~8節

 ダマスコのクリスチャンたちを捕まえようと息巻いていたサウロ・・。
 彼の一行がダマスコに近づいたとき、突然天からの光が彼の周りを照らし、サウロは地面に倒れてしまいます。
 そしてその時に聞こえてきた天からの声がイエスだということを、サウロも周りの人も聞いて悟ります。
 そしてその声は、「立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」と言ったのです。

 それでサウロの仲間は、目が見えなくなったサウロの手を引いてダマスコに行きました。
 そして彼らが大暴れするはずだったこの町で、サウロは全く新しい人へと変えられてしまうのです。

 主は何でもおできになる方だということを私たちは普段、忘れがちです。

 エジプトから200万人にのぼるイスラエルの民を導き出し、紅海の水を分け、荒野で40年間、一日も欠かさず「マナ」を降らせ、民を約束の地に導かれた主・・。

 私たちと共に歩んでくださる主は、まさしく「この同じ主」なんですね。
 なのに私たちは「神を信じる」と言いながら、ほとんど信じていないのではないでしょうか。

 目の前が八方塞がりであっても、主は必ず「私に良いことをされる」お方だと信じる決意を、今しませんか。
 その時に「主よ、あなたを信じます」と宣言する人となるなら、その人の歩みは希望と力に満ちたものとなるのです。

 なぜなら・・、その信仰を主は喜ばれ、主はその人を祝福されるからです。

 私たちはこの偉大なる主を「本当に信じて」歩むべく、召されている者なのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

 
2021.08.10.Tue 10:41 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」
 彼が「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
 立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」"
 使徒の働き 9章4~6節

 サウロはクリスチャンたちを殺害しようと大祭司のお墨付きまでいただいて、ダマスコという北方の町に出かけます。
 サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然天からの光が彼の周りを照らし、その光を受けて、サウロは立っていることができませんでした。
 そして声を聞いたというのです。
 
 サウロの心はクリスチャンを殺害しようという思いで占められていました。イエス様はそのサウロの目を覚ますように彼の名を呼ばれました。
 サウロ、、サウロ・・。

 サウロはこの声が「主」であることを瞬時に悟りました。
 サウロは「主よ、あなたはどなたですか」と言ったのです。
 主とは「神としてあがめるべきお方」のことです。

 イエス様は、他のことに心が奪われてしまっている私たちの名を、「二回」呼んでくださるお方なんですね。

 私たちがイエス・キリストを選んだのではないのです。
 イエス・キリストが私たちを呼ばれ、私たちは「主よ、あなたはどなたですか」と応え、そして私たちは主のものとされたのです。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)
 
 
2021.08.09.Mon 12:34 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
http://i-produce.net
http://twitter.com/ichiharayasushi
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