" ヘロデはペテロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越の祭りの後に、彼を民衆の前に引き出すつもりでいたのである。
こうしてペテロは牢に閉じ込められていたが、教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた。"
使徒の働き 12章4~5節
ヨハネの兄弟ヤコブを殺害たことでユダヤ人が喜ぶのを見たヘロデ王は、ペテロをも捕らえて投獄します。
ヤコブはすでに殺されていますから、ペテロの命の危険は非常に現実味を帯びたことでした。
その時「教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた」と書かれています。
聖霊の働きが顕著であった当時、彼らは身をもって確信していました。
それは、実際に生きて働かれる主は祈りを聴いてくださる、ということです。
彼らはそれが「最短コース」であることを確信していたわけです。
そして神はその信仰による祈りに応えて、ペテロを救い出されます。(6-11節)
人が神に願い、それに神が応えられる・・そのことを通して「わたしこそまことの生ける神である」ということを人々に示される。
これが神のいつもの方法なんですね。
クリスチャンの周りに起きる危機的状況・・その時に神はいつも、舞台の袖で出番を待っておられるのです。
すでに舞台に立っている私たちがそこでしなければならないことは「熱心な祈り」なのです。
何もしないで祈っていればいいというわけじゃない・・そんな声も聞こえてきそうですが、祈りこそが「するべきこと」の第一なのです。
God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)