" 私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんついていた。
ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていたが、パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。抱き起こしてみると、もう死んでいた。
しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。"
使徒の働き 20章8~10節
パウロとの別れの前夜に、礼拝と食事の時を過ごした人たちは、話が夜中までに及びました。
転落した男性を抱き起こしてみると、もう死んでいた・・とは、この使徒の働きの著者であり医者であるルカの言葉です。ルカは医師としてその青年の死を確認したわけです。
しかしパウロは降りて行って彼の上に身をかがめ・・・、とあります。
青年は生き返ったのです。(12節参照)
旧約聖書に、預言者エリヤとその弟子エリシャが同じようにして死人をよみがえらせたという記事がありますが、パウロも当然そのことは知っていたはずです。
しかし、御霊によって行うその行動は、学んで知っているからやってみるという類いのこととは違います。
パウロはそのやり方のすべてを「御霊によってした」のです。
御霊の働きに、人の考えや知識が入る余地はないのです。
御霊によってしたら、あの旧約聖書に出てくる出来事と同じだったというわけです。
この御霊は、今の時代の私たちクリスチャンの内にもおられ、いつも語りかけて下さっているんですね。
その御霊を全面的に信頼するとき、この私たちの上にも神はそこにご自身の御力を現されるのです。
ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)