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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています

" はじめに神が天と地を創造された。"
 創世記 1章1節

 創世記1章1節の三回目です。

「天」ということばは、聖書ではいろいろな箇所で使われていますが、それにはいくつかの意味があります。
 先ずは「神の領域」という意味での天。そして大空、さらには宇宙空間としての天。
 ここで言われる「天」は、その宇宙そのものを指しているわけです。

 この宇宙は、われわれ人類が未だにその端までを見ることが出来ないでいる、神秘中の神秘と言える存在です。
「地」とは、このあとの文脈を見れば、それは地球を指していることがわかります。

 天と地・・それは地球とそこにある砂粒のひとつ、いやもっと小さな「ほこり」くらいの、比べることさえ馬鹿馬鹿しくなるようなスケール違いが、そこにはあるわけです。
 しかもその「ほこり」というのは立派な物質であって、ほこりひとつでさえも無数の原子が組み合わさってできているわけです。さらにその原子には原子核とその周りを回る電子があるというのです。さらにその原子核は陽子と中性子とでできているという、ここにも気の遠くなるようなスケールの違いがあるのです。

 ですから、たとえば中性子から見た地球・・、それが人から見た宇宙のようなものだと言っても良いのではないでしょうか。

 神が造られたもののスケールとは、その様なものなんですね。

 この「天と地」の創造主・・それが「神」だというのです。

 聖書の神は実に怖れるべき方、全知全能の神、天地万物の創造主なんですね。

 
 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)
 
 
2022.05.19.Thu 09:35 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" はじめに神が天と地を創造された。"
 創世記 1章1節

 この創世記1章1節、この一行だけで人生がひっくり返ってしまったという話を聞いたことがあります。

 人は「神」ということばを様々な場面で使いますが、決してその神を本当に「神」とは思っていない。ただ神ということばを使っているだけなのです。そしてそのことにさえ気付いていない・・。

 人が「神の存在を信じる」というのは、並大抵のことではないのです。
 けれどもそれが、この短いことばでひっくり返ってしまったというのです。
 それは、この短い一行の中に「神が」ということばがあったからです。

 人はいつも「神は」と言って、神を評価しようとします。
 ですからそこには当然「絶対」はなく、人の考えによって神観は変わり、それは実に多様なものとして存在しているわけです。

 しかし神が本当に「生ける神、創造主なる神」なら、すべては神から発せられているのです。
 この聖書のことばも、神からのことばであり、そこから始まって黙示録にいたるすべてが、神が書かせた情報だと、聖書は言っているのです。

 聖書のことばは評するものではなくて、受け取るか受け取らないかしかないのです。

 "地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神だ。ほかにはいない。"
(イザヤ書45:22)

 これを見出すだけで人の存在とその歩みのすべては、全く新しい、不動の、そして永遠のものへと変えられるのです。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)
 
 
2022.05.18.Wed 09:42 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" はじめに神が天と地を創造された。"
 創世記 1章1節

 今回から創世記を追って見ていきたいと思います。
 
 この聖書の最初の一行・・、この短い一行の中には、いくつもの情報があります。

 先ずは「はじめに」・・

 このことばは、今私たちが感じ取っているこの世界、それは宇宙の果てまでをも含めて、それに始まりがあったということを宣言していることばです。
 
 さらに聖書には、神ご自身が言われたこととして、「わたしは初めであり、終わりである」、また「わたしはアルファであり、オメガである」、また「最初であり、最後である」と記されている箇所がいくつもあります。(イザヤ44:6、黙示録22:13ほか)

 要するに、この世にははじめがあり、そして終わりがあるというのです。
 そしてその始めと終わりは、この創造主である神がその両方をつかさどられるということを、神ご自身が宣言しておられるということです。

 さらに黙示録によれば、この世の終わりがあって、その先には永遠の新天新地が与えられると記されているのです。(黙示録21:1)

 実に聖書には、神の計画の全体を見ることができる物差しが示されているのです。

 初め、終わり、そして永遠・・

 その物差しの上で聖書を読み進む時、それを読む私たちが生きる「今」についても、新しい意味が見えてくるんですね。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)
 
  
2022.05.17.Tue 09:05 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" パウロは、まる二年間、自費で借りた家に住み、訪ねて来る人たちをみな迎えて、少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。"
 使徒の働き 28章30~31節

 とうとう「使徒の働き」の最後まで来ました。

 パウロはローマでとにかく自由に二年間、何の障害もなく福音を宣べ伝えることができたようです。

 福音は、ローマ帝国の中心地にしっかりと根付いたわけです。

 これまでのパウロの旅・・、それはいのちがいくつあっても足りない、波乱に満ちた旅の連続でした。
 しかしパウロは、あのダマスコの途上で天からの光に打たれて以来、ある存在により突き動かされるようにしてここまで来たのでした。

 それは「聖霊」すなわち、ともにいて語りかけ、導いてくださるお方・・。
 このお方と共に、文字通り突き動かされるがごとくにして、この生涯を終えたんですね。

 それは「神の御心と共に歩んだ生涯」でした。

 私たちクリスチャンにも、この聖霊(御霊/みたま)が、いつも伴っていてくださいます。

 その聖霊との交わりを深めるとき、聖霊はあなたの上にある御心を示し始められるのです。

 そして、あなたがそれに逆らいさえしなければ、あなたのこれからの歩みは、あなたが思ってもいなかったダイナミックな、そして光の中を喜びに満ちて歩む生涯が約束されているのです。

 祈りを通して、またみことばによって、御霊との交流を深めていきましょう。

 God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)

* これにて「聖霊の働き」のシリーズは終了します。
 次回からは、創世記を見ていこうと思っています。
 お楽しみに。

 
2022.05.16.Mon 10:21 | 未分類 | trackback(0) | comment(1)
 104.jpg

 あなたは、弱かったときに助けられてきませんでしたか。

 https://www.youtube.com/watch?v=8dut0MWreCM

 God Bless You !


2022.05.14.Sat 10:46 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らが聞き従うことになります。」"
 使徒の働き 28章28節

 パウロはローマのユダヤ人達に朝から晩まで、あの十字架にかけられたイエスこそが聖書に書かれているキリストであることを、モーセ五書や預言書のことばを引用しながら懇切丁寧に話しました。

 ユダヤ人は皆聖書に通じていますから、聖書のことばを引用してイエスがキリストであることを論証されたら、否定のしようがないはずなのです。
 そこにはキリストについての具体的なこと、すなわち、生まれる場所、活動する場所、十字架にかかられることとその有様、そしてよみがえられること・・すべてが書かれているのです。

 ところが・・ある人たちは彼が語ることを受け入れたが、ほかの人たちは信じようとしなかった・・。(24節)

 それでパウロは最後にイザヤ書を引用し、あなたがたはここに書かれてある「聞いても悟らないし、見てもわからない。」、まさにその人なのだと、彼らに向かって言い放ちます。
 そしてさらに言ったのが今日の箇所・・「神のこの救いは、異邦人に送られました。」です。

 イエス様ご自身も、このことを指して「先の者が後になる」と言っておられます。

 それは、キリストを受け入れないユダヤ人たちが、クリスチャンとなった同胞をひどく迫害したことでクリスチャンが全世界に散っていき、そのことによって福音がまず異邦人広がっていく・・。
 そして最後になって、ユダヤ人がクリスチャンとなって戻ってくるという意味です。

 要するにこれらのことは、初めから定められていた神のご計画だというのです。

 イザヤを通して、イエス様のことばを通して、パウロを通して・・神のご計画はすでに聖書に記されているのです。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)
 
  
2022.05.13.Fri 11:46 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そこで彼らは日を定めて、さらに大勢でパウロの宿にやって来た。パウロは、神の国のことを証しし、モーセの律法と預言者たちの書からイエスについて彼らを説得しようと、朝から晩まで説明を続けた。
 ある人たちは彼が語ることを受け入れたが、ほかの人たちは信じようとしなかった。"
 使徒の働き 28章23~24節

 噂に聞いていたパウロがいるというので、ローマにいる大勢のユダヤ人たちがやってきました。

 ここでパウロが語ったことを見ると、イエス様がよみがえられたあとにエマオという村に向かっていた二人の弟子たちに起こった、あの出来事を思い起こします。(ルカ24章参照)

 二人の弟子はよみがえられたイエス様に会っても、それがイエス様だとは分かりませんでした。
 イエス様は、十字架とよみがえりのことを何回も話しておられたにもかかわらずピント来ていない弟子たちを嘆き、そして話されたこと・・、それは「モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあること」でした。

 これこそが、パウロが話したことでした。
 それはまさに、聖書に預言されているキリストが今現れたのだ・・という話です。
 しかしその話を聞いても、ある人は受け入れましたが、他の人たちは信じようとしませんでした。

 エマオの途上の二人の弟子の目が開かれ、目の前にいるのがイエス様だと分かったのは、イエス様がパンを裂き、神をほめたたえるその姿を見たときでした。

 話を聞き、そして目が開かれる・・それはもう「恵み」としか言いようのないことであることがわかります。

 神の恵みがあなたの上にありますように・・God Bless You !

 それは単なるあいさつの言葉ではなく、私たちクリスチャンの切実な願いなんですね。


 God Bless You ! (神様の祝福(恵み)があなたの上にありますように!)

 
2022.05.12.Thu 08:57 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" そういうわけで、私はあなたがたに会ってお話ししたいと願ったのです。私がこの鎖につながれているのは、イスラエルの望みのためです。」"
 使徒の働き 28章20節

 パウロはローマで早速、ユダヤ人のおもだった人たちを集めて話を始めました。
「イスラエルの望みのため」・・それはどういうことでしょうか。

 話はさかのぼりますが、イエス様が公生涯を始められるに先立って、バプテスマのヨハネという人が民に向かって叫んでいました。

" 斧はすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木はすべて切り倒されて、火に投げ込まれます。
 私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。私には、その方の履き物を脱がせて差し上げる資格もありません。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。" (マタイ3:10-11)

 それは聖書の随所に記されているキリスト/メシヤ(救世主)が、今まさに来こようとしているという預言でした。
 そしてそれは同時に、イスラエルはもはや「良い実を結ばない木」となって切り倒されようとしているという警告でもあったのです。

 実際にAD70年に、エルサレムの神殿は完全に破壊されてしまい、ユダヤ人達は世界中に散っていくのです。
 しかし同時に起きたこと・・、それがキリストによる永遠の赦しと救いがイスラエルの民に与えられたということなんですね。

 これがパウロの言う「イスラエルの望み」です。

 そしてそれはイスラエルだけではなく、現代の全世界の人々の上にも「滅びからの救い」として天から啓示され、世界中で叫ばれているのです。

 福音は、終わりの時に与えられた「すべての民の望み」なんですね。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)

  
2022.05.11.Wed 07:32 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 私たちがローマに入ったとき、パウロは、監視の兵士が付いてはいたが、一人で生活することを許された。"
 使徒の働き 28章16節

 パウロは主が語られたとおりに、遂にローマに着きました。(23:11)

 ここに至るまでの一つ一つの出来事を振り返ってみると・・、

 まず、無罪で釈放されてしまったら命の危険にさらされる身であったパウロは、カエサルに上訴したことで、結局兵士の護衛付きという形でローマまで行くことができたわけです。
 その船旅の途中クレタ島にて、パウロの難破の予告よりも船長の方を信用した百人隊長ユリウスは船を出させてしまいます。
 ところがパウロが警告したとおり、船は大嵐に見舞われ、何日にもわたる暗黒の中で、人々は絶望の淵に立ったされることになりますが、そこでパウロは「全員が助かる」という神のことばを皆の前で語る機会が与えられます。
 結局は暗礁に乗り上げた船から、全員がマルタ島に泳いで上陸し、この神のことばは実現するのです。
 さらにこのマルタ島で、パウロはまむしに咬まれてしまうのですが、パウロが死ななかったことことがきっかけになり、パウロの手によって島にいる病人がみな癒やされるという、神のみわざを人々が見ることになります。
 おまけにその島民が必要なものをすべて与えてくれて、パウロたちはローマへの旅を続けることができたのです。

 百人隊長ユリウスは、自分の誤った判断があったにもかかわらず、神が言われたことは実現するという、その一部始終を見たのです。

 このパウロのほとんど自由人に近い特別待遇は、そんなことでもなければあり得ないことです。しかも監視の兵士は結局、パウロ護衛の役割までも果たしていたのです。

 神は、信じて従おうとする者には、すべてを備えてくださるんですね。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)
 
  
2022.05.10.Tue 11:50 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" その町で、私たちは兄弟たちを見つけ、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマにやって来た。
 ローマからは、私たちのことを聞いた兄弟たちが、アピイ・フォルムとトレス・タベルネまで、私たちを迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。"
 使徒の働き 28章14~15節

 マルタ島で冬を越していた船が、やっと運行を始めます。
 百人隊長は囚人たちをその船に乗せ、船は順調に航行し、ローマから200キロあまり南にある港町プテオリで上陸した・・それが今日の箇所です。

 そこにはすでに教会があったようです。彼らは「兄弟たち」を見つけました。恐らく同行していた著者のルカが見つけてきたのでしょう。

 パウロがまだ行ったことのないこの地に、教会がすでにできていたのです。
 しかもこのあと、ローマに向かう途中で「ローマの兄弟たち」がパウロのことを聞きつけ、迎えに来てくれたというのです。
 パウロは自分が知らないところで、これほどまでに福音が広がっているのを目の当たりにしたのです。

 パウロは主を見上げ、感謝をささげました。そしてそれは、自分が今まで苦難の中でしてきたことの結果でもありました。パウロが勇気づけられたことは言うまでもありません。

 ところでこの町(プテオリ)に「勧められるままに」七日間滞在したとあります。
 どうしてそんなことが可能だったのでしょうか。パウロは囚人です。そして他にも囚人がいたはずです。

 これは書かれてはいないことですが、百人隊長も、ほかの囚人たちも、皆が主イエス・キリストを信じる者になっていた・・、そうでなければあり得ないことだと思いませんか。

 これ、みんな聖霊の働きなんですね。


 ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)

 
2022.05.09.Mon 09:39 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
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