" ヤコブは父のところに行き、「お父さん」と言った。イサクは「おお。おまえはだれかね、わが子よ」と尋ねた。"
創世記 27章18節
ヤコブは恐れるのですが、結局母リベカのいうことを聞き、母の計画を実行に移しました。
前回の記事を読まれた複数の方から、このリベカとヤコブが良くないことをやったにも関わらず、神は兄のエサウではなく、このヤコブからイスラエルという神の民を誕生させたということについて、どうしても納得がいかない、理解ができない、という声がありました。
実は、そのようなことが聖書の中には多く記されています。
その代表があのダビデ王です。
ダビデが自分の手下の妻バテ・シェバを、非道な方法でその夫から奪い取り、しかもその夫を殺してしまったという事件。
ダビデはそのことによって神の怒りを買い、バテシェバによって授かった最初の子のいのちを取り上げられてしまいます。
しかしその子が死んだとき・・、ダビデは妻バテ・シェバを慰め、彼女の所に入り、彼女と寝た・・。(第二サムエル12:23)
そしてそれによって生まれた子が、あのイスラエル王国の最も栄華を極めた王、あのソロモンなんですね。
ヤコブからダビデ、そしてこのソロモンからの系図がキリスト誕生につながっているのです。
およそ相応(ふさわ)しくないと思われるような者によって、その祝福の系図が綴られているのです。
なぜそのことに納得がいかないのか・・、それは神に相応しくない者が祝福されるというところなのではないでしょうか。
しかし神は、およそ相応しくない者を赦し、しかも天のすべての霊的祝福を与える神・・その神によってあなたも私も赦され、祝福をいただく者となったのではいでしょうか。
リベカはあなたのこと、ヤコブはあなたのこと、ダビデはあなたのことなのです。
ハレルヤ! (私たちを御子の贖いによって赦されたお方、主の御名をほめたたえます)