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ドラマー市原康のなんじゃもんじゃ

ライブのご案内/キリスト教談義を中心にお届けしています
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今週の「たいむ」は・・

【背を向ける者を愛されたイエス】・・です。

https://m.youtube.com/watch?v=MPbWAmYKSic&pp=ygUSZ3JhY2VjYWZl44Gf44GE44KA

God Bless You !
 
 
2023.09.30.Sat 11:19 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" こうして主は、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。イスラエルは、エジプト人が海辺で死んでいるのを見た。"
 出エジプト記 14章30節

 主はモーセに「あなたの手を海に向けて伸ばし、エジプト人と、その戦車、その騎兵の上に水が戻るようにせよ」と言われました。
 そしてファラオとその全軍勢の上には水が覆い、残った者はひとりもいませんでした。(23,26-28節)

 こうして主は、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた・・。

 ファラオとエジプト軍が滅ぼされて、もはや誰も追って来ないことが確定した日その日を、「救われた日」だと言っているわけです。

 何度も書いていますが、この出エジプトは私たちの救いの「型」です。

 イスラエルの民は、主の力によってエジプトを脱出したわけですが、本当に救われたのはいつまでも執拗に追ってくるファラオが滅んだときだというのです。
 もう誰も追ってこない・・。

 そのことを私たちの救いということに置き換えると、それは私たちを追う者、すなわち「死の力」が滅ぼされたときだということになります。

 その死の力が打ち破られたとき・・それは実は二千年前にすでに完了しているんですね。
 イエス・キリストが十字架で死なれ、三日の後に復活されたことにより、私たちを追う死の力はすでに滅ぼされたのです。
 そしてその時以来、死を切り札として私たちを責めようとするサタンの力も同時に骨抜きにされたのです。

 救いが確定したとき・・それはイエス・キリストがよみがえられたときなんですね。
 救いはすでにイエス・キリストによって完了しているのです。

 あとは人がそれを受け取りさえすれば、救いはその場でその人の上に実現し、その時から約束の地(天の御国)に向かってこの地上の旅が始まるという、それまでとは全く異なる、新しい歩みが与えられるのです。


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)
 
 
2023.09.29.Fri 10:30 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 朝の見張りのころ、主は火と雲の柱の中からエジプトの陣営を見下ろし、エジプトの陣営を混乱に陥れ、
 戦車の車輪を外してその動きを阻んだ。それでエジプト人は言った。「イスラエルの前から逃げよう。主が彼らのためにエジプトと戦っているのだ。」"
 出エジプト記 14章24~25節

 ファラオの全軍勢は、イスラエルの民に続いて海の中にまで入ってきました。
 それは真夜中の出来事でした。

 21節には「主は一晩中、強い東風で海を押し戻し」とありますので、この二百万の民は、真夜中の暗闇の中、ただ行く先を示す火の柱を頼りに海の中の道を歩き続けたということになります。

 今日の箇所に「主は火と雲の柱の中からエジプトの陣営を見下ろし」とありますので、このとき主の柱は、火の柱と雲の柱の二本があったんですね。

 雲の柱はイスラエルの民の後ろに回り、エジプト軍に真っ暗闇をもたらしました(20節)。
 そして火の柱はイスラエルの民の前方を照らし、彼らを導いたのです。

 主は海の中まで追ってきたエジプト軍の戦車の車輪を外してその動きを拒み、彼らは大混乱に陥ります。そして結局主は海の水を彼らの上に戻し、彼らは完全に滅ぼされてしまうのです。

 このことを、私たちが救われた時の「型」として見ると、その時の私たちは、火の柱を見て進んでいくという、新しい歩みの始まりだったということがわかります。
 しかもその救い出されたその時には、ただ真っ暗闇の中にいて、頼りになるのは「火の柱のみ」だった・・。

 その火の柱こそがイエス・キリストであり、神のみことばであったというわけです。

 闇の中から助けを求めた私たちは、光を見てそこから救い出されたのです。

 そして今も、たとえ暗闇の中に置かされるようなことがあったとしても、そこにはただそれに従っていれば良い「光」が、私たちには与えられているのです。

 私たちは暗闇の中にあっても、恐れてはならないのです。


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

 
2023.09.28.Thu 10:41 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" モーセが手を海に向けて伸ばすと、主は一晩中、強い東風で海を押し戻し、海を乾いた地とされた。水は分かれた。
 イスラエルの子らは、海の真ん中の乾いた地面を進んで行った。水は彼らのために右も左も壁になった。"
 出エジプト記 14章21~22節

 主は一晩中、強い東風で海を押し戻し・・とあります。
 どれほどの強い風だったのでしょうか。
 海の水が戻ってしまって、水は彼らのために右も左も壁になった・・というのです。
 これは力学的にはちょっと想像できないことのように思われます。
 しかも民が進んでいったその海底は「乾いた地」だったというのです。

 聖書には天地創造の始めから終わりまで、奇跡が満載です。
 それを科学的に証明しようとする向きもありますが、もともと科学というのは被造物である人間が、創造者である神がなさったことを分析する学問なのであって、その「科学」をもって創造者のことを解明するなど、できるはずがないのです。
 科学とは、被造物である人間が、その与えられた能力によって少しずつ神の作品を解明していく学問に過ぎないのです。

 この海が分かれた話も、「科学的」に考えようとするなら、海の水が分かれるほどの強い風が吹いたのなら、民はいっぺんに吹き飛ばされてしまうではないか・・という話になってしまいます。
 こうして私たちは、神の奇跡をあるはずのない寓話として受け止め、生きて働かれる神が現実になさることへの期待・・すなわち信仰を骨抜きにしてしまうんですね。

 どうにもならないと諦めてしまいたくなる出来事・・それは私たちの日常生活において、いくらでもあることです。
「こればっかりはどうにもなりません」ということばを、しかも確信をもって言われるのを聞くことがよくあります。

 自分で神を狭くする・・。

 私たちはそれを日常的にしてはいないでしょうか。

 信仰の大きさは、あなたの神の大きさそのものなのです。
 信仰がなければ、神に期待するなどということはあり得ないのです。

 神を小さく、狭くしてしまうことがありませんように。


 God Bless You ! (神様の祝福がありますように)
 
 
2023.09.27.Wed 08:03 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" イスラエルの陣営の前を進んでいた神の使いは、移動して彼らのうしろを進んだ。それで、雲の柱は彼らの前から移動して彼らのうしろに立ち、
 エジプトの陣営とイスラエルの陣営の間に入った。それは真っ暗な雲であった。それは夜を迷い込ませ、一晩中、一方の陣営がもう一方に近づくことはなかった。"
 出エジプト記 14章19~20節

 それまで雲の柱は民の前を進み、民はその雲の柱について移動してきました。
 そしてそれが行き止まりの海になってしまったというわけです。
 しかし神はここで、「わたしの栄光を現す」と言われました。
 それが出エジプト最大の奇跡、海が分かれて二百万の民がそこを渡るという出来事です。

 ところがすでにエジプトの軍団は民に近付いていて、民はもう生きた心地もしない、絶体絶命の窮地に立たされていました。
 そうしたら今まで民を導いてきた雲の柱は、イスラエルの民の後ろに回ったというのです。しかもそれは真っ暗な雲で、エジプト軍は近付くこともできず、そこに押しとどめられ、動くことができませんでした。

 この話を聞くと、イエス様がユダヤの民のことを嘆いて言われたことばを思い出します。
" わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを望まなかった。" (マタイ23:37)
 これは、神がそこまでして民を導いてこられたのに、おまえたちはその主である神を退(しりぞ)けてしまっている・・という嘆きのことばですが、この出エジプトにおける雲の話は、まさにその「雌鶏が雛(ひな)を翼の下に集めるようにして」という主の守りの御手そのものを見させられているようです。

 主なる神様は、このように私たちを扱われるお方なんですね。
 先頭に立って導かれるし、あるときには後ろに回って守られる・・。

 主は私たちを、いつもその御翼(みつばさ)の陰にかくまってくださるお方で、私たちはまさに「主の雛(ひな)」なんですね。

 私たちはどうすれば良いかって?

 この御翼の陰に身を隠していれば良いのです。(詩篇61:4参照)


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

 
2023.09.26.Tue 10:33 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" 見よ、このわたしがエジプト人の心を頑なにする。彼らは後から入って来る。わたしはファラオとその全軍勢、戦車と騎兵によって、わたしの栄光を現す。
 ファラオとその戦車とその騎兵によって、わたしが栄光を現すとき、エジプトは、わたしが主であることを知る。」"
 出エジプト記 14章17~18節

 わたしの栄光を現す・・。
 それは、このあとを読み進めばわかることですが、イスラエルの民が海を渡り切ったとき、しかもファラオとそれに従う全軍勢がまだ海の中の道を進んでいるとき、主は両側に立ち上がる海の水を即座に元に戻し、エジプト軍はファラオもろとも、すべての者が溺れ死んでしまう・・という出来事のことです。

 神がこのような大量殺戮をされることが、どうして「栄光を現す」ことになるのですか? と感じる人もおられるのではないでしょうか。
 人の命の重さ、大切さを私たちに教えてくださる神が、どうしてそんなことをされるのですか・・と。

 神に滅ぼされる人・・それは聖書全体を見ると数えきれないほど出てきます。   
 そしてそこに共通することは、それらの人々はみな、神に敵対する人だということです。

 栄光を現すとは・・、神が人を愛し、人がその神を認めるとき、その者を神は特別に「ご自分の瞳のように」(申命記32:10参照) 扱ってくださる・・、そういう意味なのです。

 神はすべての人を、ご自分のもとに立ち返らせるために、そのひとり子を送ってすべての人の罪の贖いとしてくださるほどに愛してくださっているお方です。
 そしてもう一つ先の段階としては、私たちの側がその神を信じ、この方を心を尽くして愛する・・その時に人と神との愛の関係が成立するんですね。
 この両者が成立したときに神は、人というものの存在を永遠のものとするように定められたのです。

 エジプト軍のすべてが海にのまれてしまう・・そのことで主なる神様は「わたしの栄光を現す」と言われましたが、それは最終的に、神を愛する者を神は救うのだという意味なのです。

 あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい・・。(マタイ22:37)

 これがいのちの道なのです。


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

  
2023.09.25.Mon 10:49 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい。そうすれば、イスラエルの子らは海の真ん中の乾いた地面を行くことができる。"
 出エジプト記 14章16節

 恐怖におののく民に向かって、モーセは力強く「主があなた方のために戦われるのだ」と宣言し、あなた方はただ黙っていなさいと言います。(13-14節)
 しかしその当のモーセは、主に叫んで助けを求めていました。
 15節で、主はモーセに「なぜあなたは叫ぶのか。イスラエルの子らに前進するように言え」と言われています。

 民を導くモーセにとって、主との関係だけが頼みの綱であり、他に頼るものなど何ひとつありませんでした。
 そして返ってきた主のことば・・それが今日の箇所です。

 私は、モーセが杖を海に触れたら海が分かれたのだと思っていました。
 しかしここをよく読むならば、あなたの杖を上げ・・とあります。
 杖は天に向かっていたんですね。
 そしてあなたの手を海の上に伸ばし・・とあります。
 モーセが自分の手を海の上に伸ばしたときに海は分かれたのです。

 杖は天を指し、海の上に伸ばしたのは自分の手だったということです。
 ここに私たちの日常生活における大きなヒントが隠されているような気がします。
 
 例えば・・、私たちが直面する問題の中で、ダントツなのが「人間関係」ですが、その問題となる人と向き合っているそのとき、私たちは心の杖を天に向け、同時に自分の手すなわち実際の行動である「ことば」を発する・・。

 モーセが海に手を伸ばしたとき、もう片方の杖を持つ手は天に向けられていたのです。
 肝心なのは、杖を持っている方の手なんですね。

 そのときに海が分かれたのです。
 そして「海の真ん中の乾いた地面」を行くことができたのです。

 私たちにはこの「信仰の杖」が与えられているのに、それを用いない手があるでしょうか。


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

 
2023.09.25.Mon 08:46 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)
175.jpg

今週の「たいむ」は・・

【「存在」に対する愛】・・です。

https://m.youtube.com/watch?v=S6Aqbidl3G8&pp=ygUSZ3JhY2VjYWZl44Gf44GE44KA

God Bless You !

2023.09.23.Sat 11:00 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい。そうすれば、イスラエルの子らは海の真ん中の乾いた地面を行くことができる。"
 出エジプト記 14章16節

 恐怖におののく民に向かって、モーセは力強く「主があなた方のために戦われるのだ」と宣言し、あなた方はただ黙っていなさいと言います。(13-14節)
 しかしその当のモーセは、主に叫んで助けを求めていました。
 15節で、主はモーセに「なぜあなたは叫ぶのか。イスラエルの子らに前進するように言え」と言われています。

 民を導くために、当のモーセは、主との関係だけが頼みの綱であり、他に頼るものなど何ひとつありませんでした。
 そして返ってきた主のことば・・それが今日の箇所です。

 私は、モーセが杖を海に触れたら海が分かれたのだと思っていました。
 しかしここをよく読むならば、あなたの杖を上げ・・とあります。
 杖は天に向かっていたんですね。
 そしてあなたの手を海の上に伸ばし・・とあります。
 モーセが自分の手を海の上に伸ばしたときに海は分かれたのです。

 杖は天を指し、海の上に伸ばしたのは自分の手だったということです。
 ここに私たちの日常生活における大きなヒントが隠されているような気がします。
 
 例えば・・、私たちが直面する問題の中で、ダントツなのが「人間関係」ですが、その問題となる人と向き合っているそのとき、私たちは心の杖を天に向け、同時に自分の手すなわち実際の行動である「ことば」を発する・・。

 モーセが海に手を伸ばしたとき、もう片方の杖を持つ手は天に向けられていたのです。
 肝心なのは、杖を持っている方の手なんですね。

 そのときに海が分かれたのです。
 そして「海の真ん中の乾いた地面」を行くことができたのです。

 私たちにはこの「信仰の杖」が与えられているのに、それを用いない手があるでしょうか。


 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

 
2023.09.22.Fri 11:41 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)

" モーセは民に言った。「恐れてはならない。しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、今日見ているエジプト人をもはや永久に見ることはない。
 主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい。」"
 出エジプト記 14章13~14節

 海を目の前にし、エジプト軍を背にするという窮地に追い込まれ、イスラエルの民はいきなり不平を言い出します。それが前回の箇所でした。
「荒野で死なせるために、あなたはわれわれを連れてきたのか。〜 エジプトに仕える方が良かったのだ」などと、人々はここまで導いてきたモーセに、そこまで言うかというほど辛辣なことばを投げつけました。

 それに対してモーセは答えました。それが今日の箇所です。
 それは、民を神のもとに導くリーダーにふさわしい、力強いことばでした。
 そしてこのことばは、私たちもそのまま受け取ることができることばです。

 恐れてはならない・・。
 私たちは、もう恐れる必要のない者とされているのです。死という最大の難関をクリアし、決して見放さず見捨てないと言われる主が共におられるのですから。

 あなた方は、今日見ているエジプト人をもはや永久に見ることはない・・。
 私たちは、以前の世界とはすでに切り離された者なのです。
 神から離れたまま滅びるという定めからは完全に贖い出され、天の御国の住民とされた者なのです。

 主があなた方のために戦われるのだ・・。
 私たちの力は主の内にあるのです。その主が私たちの内にいてくださるのです。
 このことが曖昧になっているのだとしたら、本当にそうなのだとはっきり心に言い聞かせる必要があります。
 
 そしてとどめのようにモーセは言いました。・・あなた方は、ただ黙っていなさい・・。
 私たちは窮地に追い込まれると、口から余計なことばがいくらでも出てきます。
 そのときこそ口を閉じ、心を主に向け、信仰を働かせるときなんですね。

 窮地に追い込まれたとき・・、それは黙るとき。そして共にいてくださる主に目を向けるときなのです。

 主があなたを導かれ、救い出してくださるのです。

 
 ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)

 
2023.09.21.Thu 09:57 | 未分類 | trackback(0) | comment(0)






PROFILE

いっちー
ドラマー市原康です。
TRIO'のこと、
ライブスケジュール
そしてキリスト教談義・・
・・再開です。
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