" 神である主は、その土地に、見るからに好ましく、食べるのに良いすべての木を、そして、園の中央にいのちの木を、また善悪の知識の木を生えさせた。"
創世記 2章9節
園の中央にある大切な木は、二本あったんですね。
そして神である主は、その中の「善悪の知識の木の実」だけは食べてはいけないよと言われたのです。
あとは思いのまま食べて良いと・・。(16-17節)
「いのちの木」の実は、自由にとって食べてもよかったのです。
このいのちの木・・、それはいのちである神との交わりを象徴するものでした。
アダムはエデンの園で、神と共に過ごしていたんですね。
そして、ただひとつだけ食べてはいけない禁断の木の実・・それが「善悪の知識の木の実」だったわけです。
エデンの園の本質・・、それは神との共存でした。
人はもともと、神と共にあるように造られたのです。
ところが人はその「エデンの園」を追放され、サタンの暗躍が許されている「この世」において人類の歴史を綴っていくことになるわけです。
しかし聖書を一番最後まで読むと、神は最後に「天の御国」を用意しておられるということがわかります。
その天の御国、それは・・、
「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。
神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」" (ヨハネの黙示録21:3)
エデンの園はここで完成するのです。
ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)