次の日曜日はイースターです。(2023年4月9日)
ということは、イエス様が十字架にかかられたのは明日の金曜日、そして今日木曜日は「最後の晩餐(ばんさん)」の日です。
ということで、今日は創世記をちょっとお休みして、イエス様の受難週の最後の時を覚える日としたいと思います。
コリント人への手紙 第一11章23~25節
主イエスは渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげた後それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
食事の後、同じように杯(さかずき)を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」
イエス様はユダヤ人の指導者たちに捕らえられ、十字架かかられて「死ぬ」のですが、実はこのことは初めからイエス様が何度も予告しておられたことでした。
しかも「死ぬ」だけで終わるのではなく、その後によみがえるのだということもはっきり、しかも何度も語られていたのです。
その捕らえられる日の夜にイエス様は十二人の弟子たちと最後の晩餐の時を持たれ、遺言に等しい大切な多くのことを弟子たちに話されました。
今日の箇所はそのひとつ、パンと杯の話です。
パン・・、それは私たちが受け取ることのできるイエス様ご自身を象徴するもので、それは私たちがすでにこの方をいただいて、内にお迎えしていることを覚えるためのことでした。
そして杯・・、それは、十字架で流されたイエス様の血が、私たちの罪のためのささげ物として流された血であることを覚えるため・・、すなわち、私たちの罪はこの血によって赦されていることをいつまでも覚えるために飲む杯でした。
これが現在の教会で行われている聖餐式(せいさんしき)です。
神の御子イエス・キリストは、私たちに赦しを与え、新しい永遠のいのちに生きる者となるため・・実にその目的のために、人の子のかたちを取ってこられたのです。
ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)