" 彼らは互いに話し合った。「見ろ。あの夢見る者がやって来た。
さあ、今こそあいつを殺し、どこかの穴の一つにでも投げ込んでしまおう。そうして、狂暴な獣が食い殺したと言おう。あいつの夢がどうなるかを見ようではないか。」"
創世記 37章19~20節
ヨセフの兄たちは、シェケムで父の羊の群れを世話するために出かけて行きました。(12節)
父ヤコブはヨセフに、兄たちの様子を見て報告するようにと、ヨセフを兄たちのところに遣わします。
ヨセフはやっとの事で兄たちを捜し当てるのですが、遠くからそれに気付いた兄たちは、ヨセフを殺してしまおうと相談するのです。
そして言った言葉が、「あいつの夢がどうなるかを見ようではないか」でした。
兄たちにとっては不愉快極まりないヨセフに臨んだ夢でしたから、そんな夢は自分たちの手で打ち砕いてやろうとしたわけです。
しかしこの話の結末は、あのヨセフの夢がその通りであったということを、彼らが目の当たりにするというものです。(これ以降の創世記全部参照)
ヨセフの夢・・それは主から与えられた幻であり、後に必ず起きることでした。
私たちクリスチャンも、これから後に必ず起きることがみことばによって示され、それを信じる者です。
必ず起きること・・それは、後の終わりの時に起きること。
そしてもう一つは、今の私たちの歩みの中において「決してあなたを見放さず、見捨てない」(申命記31:6) という主の約束が見える事実として実現すること・・、それもその一つなのです。
主が語られたことは、目の前の状況がいかに不本意なものであったとしても、必ず成るのです。
ハレルヤ! (主の御名をほめたたえます)