" イスラエルは、主がエジプトに行われた、この大いなる御力を見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセを信じた。"
出エジプト記 14章31節
イスラエルの民が対岸に上がり、振り返ってみると海の水は元に戻り、海辺には死んだエジプト人が多数浮かんでいました。
彼らは主がなされた決定的なこの出来事を見て・・というのが今日の箇所です。
主を恐れること、そして主とそのしもべモーセを信じること・・。
主はそのような信仰へと民を導いたのです。
もしその信仰がずっと続いたなら、イスラエルはあっという間に約束の地カナンを征服できたはずなのですが、イスラエルは四十年もの間、荒野の旅をつ続けることになります。
それは結局、八方塞がりの困難な状況に立たれたとき、主を恐れることと主とそのしもべモーセを信じる、その信仰をこの民が忘れたことによるものでした。
せっかく信仰が最高の状態にまで引き上げられたのに、そうではなくなってしまったのです。
私たち信仰者に与えられる試練、そして八方塞がりの困難・・、それは、私たちが「信じるとき」として与えられるものなんですね。
困難が主を忘れるときになってしまうならば、その辛い旅はいつまでも続くことになるのかも知れません。
すべてを主に明け渡し、主は必ず良きことをして下さる方であることを信じて、その信仰を主に言い表す・・。
「あなたは必ず良きことをして下さる方です。ですからこのすべてのことについて感謝します。」・・と。
その時私たちは、困難の中に生ける主が働かれるという奇跡を見ながら、ますます信仰を深めて歩む者とされるのです。
忘れてならないのは、主を恐れること、そしてこの主を徹底的に信じることなのです。
ハレルヤ!(主の御名をほめたたえます)