" そして、彼らは賛美の歌を歌ってからオリーブ山へ出かけた。"
マタイの福音書 26章30節
最後の晩餐を終え、いよいよオリーブ山へ出かけます。金曜日午前0時〜2時。
ある注解によると、このときに彼等が歌った歌は詩篇の113〜118篇だとありました。
そこは全体が、父、子、聖霊なる神への賛美の言葉に満ちあふれています。
その中にこんな一節があります。
それはイエス様が以前にも弟子たちに、この箇所を引いて話されていたところです。
" 家を建てる者たちが捨てた石 それが要の石となった。
これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。
これは主が設けられた日。この日を楽しみ喜ぼう。"
詩篇 118篇22~24節
このあと、ユダの代表者とも言える祭司、パリサイ人、律法学者らは、神の子キリストとして、預言者たちによって語っている無数の預言の通りに来られたこの方を捨て、殺してしまうのです。
〜これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ・・とあります。
神が愛したイスラエルは、その御子を捨ててしまうのです。しかしそれは「主がなさったこと」・・。
世の初めからこのことが計画されていたんですね。それは最悪の出来事です。
しかしその日こそが「主が設けられた日」だというのです。
この時こそが、まことの喜びと楽しみへと通じる、まさにその時だったんですね。
神のなさることはいつもそうです。
最悪の事態の上に神の計画があり、しかもそのことを通して神は、思いもよらない祝福を与えてくださるんですね。
この翌々日・・イエス様は死の力を打ち破り、よみがえられるのです。
イエス様をはじめ彼等は、イエス様が十字架にかかられる前に、賛美をしました。
私たちも、どのような時にも主を賛美し、主に感謝するのです。
ハレルヤ! 主の御名をほめたたえます。
God Bless You ! (神様の祝福がありますように!)